…昔の夢を見て、あむは夜中に起きてしまった。
今まで喰らった男の最期の顔がありありと浮かんでくる。自分は人間の食べる食物で生きられる。男を喰らう必要がないと知った時、これでもかと後悔した。人の命を奪う必要などなかったのだ。

寝不足のまま次の日を迎えた。いつもより念入りにメイクをし、隈を隠していると透李の部屋に行く時間はなくなってしまった。しかしあれはあむの趣味であって義務では無い。たまにはこんな日もあっていいだろう。そう思い、カウンセリングルームに向かった。

「…遅い」

「な、なんでいるんすか!?」

カウンセリングルームに入るといつもは朝食を食べたあと緋女に挨拶(悪態の間違い)をしに行く透李がイライラした様子で相談者用ソファに座っていた。いつも通り綺麗な顔をしているが、今日は綺麗なサラサラの髪が所々跳ねている。

「それはこちらの台詞だ。
何故開かなかった、深淵の領域、宵闇の門を」

透李がいつも通り理解できない言葉を発し戸惑うが、どうにか解読しようと少し黙ると追撃が来た。

「ふん、なるほど、飽きが来たか」

深淵の領域…。よく透李が使う言葉だ。もしかして、透李の自室のことだろうか。飽きた…?一体何に…まさか……

「今日起こしに来なくて怒ってるんすか?」

「貴様が宵闇の門を開放しなかったお陰で我は空(くう)に浮かびし光の眼(まなこ)を拝めず醜態を晒すこととなった。一体どうしてくれる!」

つまり、あむが透李を起こしに来なかったから寝坊して支度をする時間が短くなったらしい。よく見るといつもきっちり位置が決まっているであろう眼帯も心なしかズレているように見える。

「あはは、ごめんっす、透李っち。おらちも寝坊してしまって…」

「どうした、あまり芳しくないようだが」

声こそ抑揚はないが透李があむを見て首を傾げる。顔色が悪いのがバレたようだった。

「なん、でも……」

夜に悪夢を見て眠れなくなったとか、昔のことを思い出して後悔したとか。
そんなことを言っても、困らせるだけだ。そもそも透李は男で、女郎蜘蛛の自分は敵だろう。昔のことを言ったら男を喰らったこともバレるかもしれない。透李も身の危険を感じるかも…自分が男の敵だと分かったら…妖怪だと、人間より下の存在だとはっきり認識したら……離れて行ってしまう。

「…行くぞ」

透李が突然カウンセリングルームの扉に向かう。

「ちょっと、そろそろおらちも仕事の時間なんすけど…」

「どうした、来ないのか?この我が貴様の領域に同行してやろうと言うのだ、ありがたく思え」

透李がそういっても、あむはには突然過ぎて思考が追いつかない。

「はぁ、貴様は歩けもしないのか、良いから来い」

透李が痺れを切らしたようにあむの手首を掴んでカウンセリングルームをでる。力は強いが痛くは無い、丁度いい強さで掴まれた手首がどくどくと波打っているのが分かる。あむは何も言えず、ついて行くしか無かった。