シャッ、と音を立てて真っ黒なカーテンを開け放つ。あむの最近のブームは透李の部屋に侵入し、朝起こすことだ。ベッドで無防備に眠る彼は昼の無愛想な顔ではなく、穏やかな顔をしている。男性にしては長いまつ毛がピクリと動き、透李の瞼がゆっくりと開かれた。寝起きで寝ぼけているからなのか透李はあむを目にとめたが何も言わない。あむから目を外し、上体を起こす。そしてもう一度あむを見たとき、透李はいつもの様に大声を上げた。

「貴様!我の領域に侵入するなとあれほど……!ケホッ…」

透李は途中まで言って咳き込む。朝はいつも昼よりハスキーではあるが今日は更にハスキーだ。

「大丈夫っすか、透李っち。熱とか…」

あむが手を伸ばし透李の額に触れようとするとパシッと透李がその手を弾く。

「貴様に関係ないだろ蜘蛛女!だいたい我は熱など……」

そこまで言って透李はパタリとベッドに倒れる。

「透李っち、透李っち!?…お医者様を、呼んでくるっす!フログメント、透李っちを頼むっす!」

あむはすぐに緋女の主治医を呼びに部屋を出た。


「…38.3℃…。立派な熱ですね。症状としてはただの風邪だと思いますが今日は安静にしていた方がいいでしょう。氷麗さんに氷枕と氷水をいただいてきます。とりあえず、少し見てあげていて下さい」

緋女の主治医は緋女の定期問診中だったが迅速に来てくれた。すぐに熱を測り症状を見て風邪と判断したようだ。医者は仕事が残っているしあむが見つけたこともあって、今日はあむが透李を見てあげることになった。
嫌われている気がするあむが見てもいいのかとも思ったが、他の人が見るより遥かにマシと言う話にまとまった。

「んんっ…」

透李がうっすら目をあける。

「大丈夫っすか、透李っち」

「…あむ…」

唇が【あむ】と動いた気がしたが、気のせいかもしれない。透李はそもそもあむの名前をちゃんと覚えているかも怪しい。

「大丈夫っすか?」

もう一度聞くと透李はぼんやりしたまま言葉を紡ぐ。

「仕事は…護衛…」

「今日は透李っちは熱があるのでお休みっす」

「熱……?貴様、は?」

「おらちは透李っちの様子を見るように言われたっす」

「……そうか」

透李はそういうと上体を起こそうとする。あむが身体を支えると、今回は払ったりしなかった。

「水をくれ」

いつもよりわかりやすい言葉で話す彼に違和感を覚えつつあむは彼に水を渡す。透李はそれを飲み干すと、もう一度横になり目を閉じた。少し寝るようだ。
暫く見ていたが、お昼時になりあむが自分の食事と透李になにかあげなければと腰をあげるとフログメントに声をかけられる。

『蓮糸 あむ』

「はい、なんっすか?」

『礼を言う』

「え?」

『草ヶ谷 透李を起こしに来てくれて助かった。我はこいつから離れられん。お前が来なかったらこいつが体調が悪いのをなかなか見つけられなかったかもしれない。こいつは嫌がるかもしれないが、これからも朝くるといい』

フログメントがそう言って、透李の胸に移動した。

「もちろんっす!」

あむはそう返事をすると自分の食事をして、透李にお粥を持って行った。ちなみに作ったのは執事長だ。彼は緋女の体調が悪い時の食事も担当しているからお粥も栄養バランスのいいものをちゃんと作ってくれた。
透李は文句も言わず食べ干し、医者のくれた薬を飲んでまた少し眠った。夕方頃には熱もすっかり下がり喉の調子も戻ってきたようだった。