ある日の夕方。あむは彼を見つけた。

「透李っち〜!」

「うっとおしい!引っ付くな、蜘蛛女!」

彼は、草ヶ谷 透李という名前で感じが悪いというよりは人と会話するのが苦手な印象だった。よく見ると可愛らしい顔をしており、背も女性型のあむとそう変わらないことがわかった。
肩のカエルはフログメントという名前で人と会話のできる透李のお目付け役だそうだ。透李は【盟友】だと紹介していた。

「えいえい!」

「よせ!触るな!」

透李はあむが女性だからなのか元々そういう性格なのかは分からないが、あむが不用意に触れても、怒鳴りはするものの、暴力を奮ったり、攻撃的な言葉は使わない。

あむを蜘蛛女と呼ぶのはあむが女郎蜘蛛だからだ。女郎蜘蛛とは美しい姿で男を魅力し、捕食する妖怪だがあむはその力を使わずこの王宮に仕えている。あむの主食はいまや男の血肉でなくおにぎりになっているほどだ。そのせいなのかは分からないがあむは女性型の体の背から8本の足を隠すことなくさらけ出している。そこまで周りに興味のない透李にもあむが蜘蛛の類だと理解するのは想像に難くない。

「透李っち」

「貴様しつこいぞ……」

透李は呆れつつあむに目を向ける。するとあむは優しく笑う。

「笑ったら透李っち、きっと可愛い 」

透李は一瞬固まったがまた無表情に戻り少しだけあむを訝しむ目でみて、また歩き出す。

「透李っちどこいくんすか?」

「闇夜の世界に戻る、ここからは我の領域だ。侵入は許さんぞ」

あむを見ずに透李は歩を進める。あむはやりすぎたことを反省し、彼について行くことはしなかった。


部屋に入り、ドアに背をつけて透李はズルズルと座り込む。

「……姉さん、笑顔ってどうするんだっけ」

スマホを手に取り姉にコールする。しかし姉も電話越しですこし苦笑いするだけだった。笑顔の朗らかな唯一の友人にも聞こうかとコールしかけたが、彼も透李の笑顔をきっと知らない。それに彼には何も言わず出てきてしまった。きっと優しい彼でも怒っているかもしれない。

「はぁ……ごめん、志瑞也くん」

透李は眼帯と赤のカラーコンタクトを外し、ベッドに倒れ込む。時間も時間だし、今日はもう予定もない。寝てしまおう。
そう思い、目を閉じる。瞼には楽しそうに、優しく笑うあむの姿が焼き付いて、なかなか寝付けなかった。