私は、男を家の外へ追い出すと、玄関のドアを閉めようとした。

「ま、待ってくれ!
 誤解なんだ。俺の話を聞いてくれっ」

「何が誤解よ。
 朝起きたら、服がはだけてて、き、キスまで......
 まさか、人工呼吸だなんて言うんじゃないでしょうね?!」

「それは......我慢できなくて、つい」

「何の我慢よ?!
 そんな危険人物を同じ部屋に置いておけるわけないじゃない!」

「大丈夫だ。
 俺が君を危険から守る」

「あんたが危険なんだって言ってるのよっ」

玄関先で言い合っていると、同じアパートに住む他の住人たちが顔を出し、
何事かと訝し気な視線でこちらを見てくるのに気が付いた。
裸で腰にタオル一枚巻いただけの男と言い争っているのだ。
一体、どんな目で見られるかと考えただけで血の気が引く。

「と、とにかく、私は何も関係ないので、お引き取りください」

それだけ言い放つと、私は、男の鼻先で、勢いよくドアを閉めた。
何か言ってくるかと思ったが、ドアの向こう側は、しんと静まり返っている。

(少し言い過ぎたかしら)

最後に、私を見ていた男の物悲しそうな目が頭に浮かぶ。
あんな顔をされると、まるでこちらが悪いみたいで、後味が悪い。
しばらく外の音に耳を澄ませて待ったが、やはり物音ひとつしない。

(変ね……どこかへ行ったのかしら……)

追い出した身として気にするのも矛盾しているが、
もっと食い下がってくるかと思っていた分、変に拍子抜けしてしまっている。

(……っていうか、あんな恰好のまま、どこへ行くっていうのよ。
 まさか、私が出てくるのを外でずっと待っているつもりじゃないでしょうね)

そう思い、慌ててドアスコープから外を覗いて見るが、男の姿は見えない。

(いない……やっぱり、どこかへ行ったのかしら)

恩返しだの、運命だのと口にしていた割に、案外あっさりといなくなったものだ。
何となく、もやもやした気持ちのまま部屋へ戻ると、
昨夜、犬のために拵えてやった寝床が目に留まった。

(犬のままだったら、可愛かったのにな……)

よくよく考えてみれば、倒れていたとは言え、私が勝手に拾って連れて来たのだ。
このまま放り出すというのも、無責任な気がする。

もし、あの恰好で外を歩いていて、誰かに通報でもされていたら……と思うと、
居てもたってもいられなくなり、私は、玄関へ走った。

そっとドアを開けて外を見るが、やはり男はいない。

その時、足元から可愛らしい鳴き声が聞こえてきた。

「くぅ~ん……」

足元を見ると、そこには、昨夜、私が拾った犬がお行儀よくお座りをして、
愛らしい目で私を見上げていた。

「う……」

犬は、私が出て来たことが嬉しいのか、しっぽを振っている。
やはり可愛い。

「……わ、わかったわよ。
 あなたの落ち着く場所が見つかるまで、少しの間だけなら……
 面倒を見てあげる」

私の言葉に答えるように、犬が、わんっ、と鳴いた。