1982年 夏


高校3年生の1年間は時の流れを速く感じていた、夏休み前に学校行事の大半を終えると教室は受験モード一色になったためで、誰もが自分の立ち位置を確認できない不安の中で、必死に受験勉強に励んでいた。

そこには恋愛の入り込む余地は殆ど無く、学校でですら彼女と会う機会がめっきり減っていった。

携帯電話もない時代、離れた恋人同士が連絡を取る手段は、手紙か家の電話だけだった。

自分だけが取り残される不安、存在自体が忘れられて行く不安、そんな心の病いを取り除くように、電話でお互いの存在を確認し合った。


週末の夕食を食べ終えるタイミングを見計らって、家の電話が鳴る。

母親が出て、一言二言世間話を交わした後に僕を呼んだ。

「圭悟、白河さんから電話だよ」
「はーい、すぐ行くから」

階段を駆け降りて、廊下に置かれた黒電話に出る、

「もしもーし、勉強はどう、捗ってる?」
「どうなんだろ、自分でもよく分からないんだ」

彼女は、学校の先生になりたくて教育大学を目指していた。
「美幸ちゃんなら大丈夫だよ、僕とは出来が違うからさ」

「圭くんは?」

「僕の場合は、冷やかし程度の受験だから、何の気負いもないよ」

「なんかね、不安でいっぱいなんだ、他の人と比べられないから、、一生懸命やってるんだけど、まだまだ頑張らなきゃいけないんじゃないかって」

受験生の誰もがそんな不安を抱いているのだろう。
彼女の心は、張り詰めた弦のように今にも切れそうな緊張感に支配されていた。


「息抜きにデートしよっか?」

「ほんと? 行く行く、すごく嬉しい、一日ぐらいサボってもいいよね。」

「何処に行きたい、映画? 動物園?」

この時代、男女のデート場所といえば限られていた、

「う〜ん、科学館のプラネタリウムが見たいかな」

天文部らしいね

「いいよ、じゃあ今度の日曜日でいいかな?」

「うん、圭くん、ありがと」