…ドッペルゲンガー風情に、好き勝手させてたまるか。

俺もまた、鼻血を押さえたまま杖を握った。

「wlos nowd」

俺が杖を振ると当時に、あれだけ俊敏だったドッペルゲンガー天音の動きが、スローモーションのように遅くなった。

時魔法で、ドッペルゲンガー天音の動きを最大限に遅くしたのだ。

「おいシルナ!起きろ!伸びてる場合じゃないぞ!」

「ふぇぇぇぇ、顔痛い…」

硬い床に顔面ダイブしたシルナは、半泣きで顔を押さえていたが。

今はそれどころじゃない。

「偽物の動きを止めるんだ!」

「う、うぅ。分かったよ…。…erachna」

シルナが杖を振ると、ドッペルゲンガー天音は全身の蜘蛛の糸に絡まれ、その場に釘付けにされた。

こうなれば、袋のネズミも同然。

「今だ、天音!」

自分の偽物は、自分の手で始末をつけたいだろう。

思う存分やると良い。

「ありがとう。…aegm solinesh」

先程より強力な光魔法が、ドッペルゲンガー天音に叩き込まれた。

ドッペルゲンガーの耐久力って、どうなっているのだろうと思ったが。

天音の渾身の一撃には、さすがのドッペルゲンガー天音も耐えられなかった。

空気を入れ過ぎた人形が、弾けて割れるかのように。

耐久限界を迎えたドッペルゲンガー天音は、霧散して消えてしまった。

…やった、か…。

あの野郎、やるだけやって退場しやがった。

勢いに任せて、やっつけてしまったは良いが。

どうするんだ、この惨状と化した保健室。

退場させるなら、まずここを片付けさせてから倒せば良かった。

しかし、天音本人は。

ドッペルゲンガーを倒した喜びもなければ、惨状と化した保健室を前に、溜め息をつくこともなかった。

それよりも、何より先に。

「ナジュ君…ナジュ君、大丈夫?」

頭から硫酸を被って、つい先程まで酷い顔になっていたナジュに駆け寄っていた。

「もう治りましたよ。男前でしょう?」

「うん…。ごめんね、痛かったでしょ?」

「別に平気ですよ」

平気と言うが、こいつの平気は一般人とはかけ離れている。

顔が溶けるほどの大怪我をしておいて、平気なはずがない。

天音も、それが分かっているのだろう。

「ごめんね…」

酷く申し訳無さそうに、ナジュに何度も謝っていた。

厳密には、悪いのは天音のドッペルゲンガーであって、天音が悪い訳じゃないんだけどな。

自分と同じ顔をした偽物が、自分の親友を痛めつけたという事実が、余程堪えたらしい。