神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜

だが、当時の俺は…このとき、素直に頷くことはなかった。

むしろ、ぎょっとしてユリヴェーナを見つめた。

冗談であって欲しかった。でも、冗談ではなかった。

ユリヴェーナは、自分が死んだときのことを考えていた。

「…縁起でもないことを言うなよ」

死ぬ覚悟を決めていることは知っている。

だが、まだ生きているのに、もう死んだ気になるんじゃない。

「君しかいないんだ。君なら、魔剣を扱えるだろう?」

「扱えるかどうかは関係ないだろ。それは俺のものじゃない。お前と…お前の村のものだ」

俺は、そこにたまたま立ち寄っただけの部外者でしかない。

そんな俺が、秘境の村の秘宝とも言える『魔剣ティルフィング』を、譲り受けるにはいかない。

「俺は英雄にはならない」

「分かってる。君に英雄の役目を担って欲しいとは言わない」

「だったら…」

「秘境の村はこれから、山と谷を越えた先にある新天地で…新しい歴史を築いていく。そこに…古い文化や風習を持ち込むべきではないんだ」

ユリヴェーナはそう言って、自身の考えを語った。

「この剣が村にある限り、村人はまたしても…英雄を求めてしまう。頼ってしまう。いつ現れるか分からない英雄に縋るのではなく、自分の足で立ち、自分の頭で考えなければならないんだ」

「…」

「何処かに封印してしまうより…信頼の置ける人物に、持っていて欲しい。君ならこの魔剣を…正しく扱えるはずだ」

「…それは買い被りだ」

何で、流浪の旅人ごときをそんなに信用出来るのか。

「魔剣の力を使って、悪事を働くかもしれないぞ」

「いいや、君はそんなことしないよ」

…やけにきっぱり言い切るじゃないか。

信用してくれているのは結構だが、その信頼の根拠は何処に…。

「僕には分かるんだよ。君が悪人じゃないってことが」

「…」

「だから、君に持っていて欲しい。僕の正義を…君が、受け継いでくれ」

…それはまた。

…随分な大役を仰せつかったな。

「…分かった。そのときは、俺が…『魔剣ティルフィング』を預かる」

「…あぁ、そうして欲しい」

「でも、それはお前にもしものことがあったら、の話だ。それまでは…」

「勿論だ。僕も死に急いだりはしないよ」

…それなら良い。

…だが。

いくらユリヴェーナが、死に急がなかったとしても。

彼女に忍び寄る死の影は、段々と濃くなっていくばかりだった。

ユリヴェーナに残された時間は、ごく僅かしかなった。

そして、ユリヴェーナが何より大事に守ろうとした…秘境の村の命運も…。