…勝負…。

…ついた、のか?

「あ…。アリスが…」

地面に倒れたアリスは、そのまま青い光の粒になり…宙に消えていった。

俺達をにやにや顔で見下ろしていたチェシャ猫の姿も、いつの間にか消えてなくなっていた。

すると、途端に。

俺達もまた、青い光に包まれた。

何事かと身構えたが、何のことはない。

凶気に満ちた「お茶会」が終わり、元の世界に返されたのだ。

気がつくと俺達は、見慣れた場所に…。

イーニシュフェルト魔導学院の学院長室に…戻ってきていた。

…早く戻ることを切望していたのに、いざ戻ってきてみると…これは本当に現実なのか、疑いたくなるな。

…終わった…のか?

俺達は誰一人欠けることなく、全員揃って元の世界に戻ってこられたのだ。

童話シリーズの魔法道具、『不思議の国のアリス』を攻略したのだ。

無事に戻ってこられて、よかっ…。

…た、じゃない。

「ナジュ、お前大丈夫か…!?」

俺は真っ先に、ナジュに駆け寄った。

天音も同様だった。

天音だって怪我をしているはずなのに、そんなことは二の次だった。

ナジュは床に蹲って、全身から血を噴き出しながら、肩で息をしていた。

ちょ…お前、これ。

不味いんじゃないのか…!?どう見ても…!

「ナジュ、お前ナジュか…!?話通じるか?」

「ギャオォォォ」とか叫んで、勢い余って襲ってきたらどうしよう。

ある意味、アリスより恐ろしいぞ。

…しかし、その心配は必要なかった。

「な…。ナジュ、ですよ…」

言葉を詰まらせながらも、ちゃんとナジュが返事をした。

良かった。ナジュの意識はあるんだな。

獣のように変化(へんげ)していたナジュの身体が、じわじわと元に戻っていった。

「お前、今の…変身は…」

「あぁ…。あれは…まぁ、僕の…奥の手、という奴で…」

途切れ途切れになりながらも、ナジュはそう返事をした。

奥の手…。まさに奥の手だったな。

そして、諸刃の剣でもある。

「リリスの…力を、無理矢理…人の身体で引き出して…使うんです。一時的、ですけど…」

やはり、そういうことだったか。

シルナの読み通りだったな。

「でも…それで何で、そんなことになるんだよ…!?」

「…それは…。…元々、人の身で魔物の魔力を扱うのは…無理、が、あるので…」

その無理を、お前は無理矢理通したっていうのか?

「…げほっ…」

ナジュは苦しそうに胸を押さえ、血の塊を吐き出した。

…おいおい、冗談だろ。
 
「…!ナジュ、しっかりしろ…」

「…平気、ですよ」

何が平気なんだよ。

この姿を見て、何が平気なんだ?

「昔、一度だけ…やったこと、あるんです。これ…」

「え…」

「そのとき、も…同じような、ことに…。だから…大丈夫、です」

同じようなこと、って…。

今みたいに、変身した「反動」で、死にかけたことがあるのか?

「脆弱な、人の、体が…リリスの魔力に…耐えられなくて…」

「…」

「普通の人間なら、普通に…死んでるところなんですが、如何せん、僕は死なない、ので…」

「…」

「身体が…これ、『副作用』で…何回も…心臓が破裂してるん、ですが…。その度再生して…また破裂して…再生して…を、しばらく、くりかえ…」

「…もう、良い。喋るな」

聞いてるだけで…気分が悪くなりそうだった。