神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜

帽子である。

僕は見覚えのない、緑色のダサい帽子を被っていた。

無駄にお洒落で、時計やトランプのチャームがついた、シルクハットだった。

何だ、このダサい帽子は…。コスプレみたいだ。

いずれにしても、僕の趣味ではない。

何で帽子…?「狂った帽子の世界」だから…?

それにしては、こじつけが過ぎる。

しかも。

「…脱げない…」

ダサい帽子を脱ごうとしたが、帽子は僕の頭の上に乗ったまま、びくともしなかった。

…被ってろってこと?

この世界にいる間は、ずっとこれを被って行動しろということか?

なんて横暴なんだ。

帽子を被るのは良いけど、折角なら、もっとセンスのある帽子が良かった…と。

思っていた、そのとき。

「…え」

鏡に、文字が浮かび上がった。

ちょっとした怪奇現象である。

が、ここは『不思議の国のアリス』が作り出した世界。

何が起きても、おかしいことはない。

…確か、ハンプティ・ダンプティに、「書いてあることに従え」と言われたんだっけ。

何のことだろうと思っていたが…これが、「書いてあること」なのだろうか。

すると。

「…deceive me…」

鏡に映った文字を、僕は口に出して読んだ。

…私を騙して、だろうか?

…成程、意味が分からない。

騙すって、誰を?何で?どうやって?

もっと補足情報が欲しかったが、僕が読み終えるのを待っていたかのように、鏡の文字は消えてなくなった。

追加の情報は、特に無し。

…不親切だなぁ…。

もうちょっと詳しく教えてくれないと、意味が分からないじゃないか。

この、ヒントになってそうでヒントにやってないヒントを元に、僕はアリスのお茶会の招待状を探さないといけないのか。

さて、そう上手く見つかるだろうか?

見つからなかったら死にます!と言われたら、僕は今すぐそこのベッドに寝転んで、制限時間が終わるのをゆったりと待つのだが。

残念ながら、この世界で死んだら、あの世へは行けないらしい。

それじゃあ意味がない。

僕はちゃんと死んで、ちゃんとあの世に行って、そしてリリスと再会したいのだ。

この世界に閉じ込められ、魂だけの存在になってフラフラ彷徨うなど、御免である。

そんな訳で、僕は今回も真面目に、招待状を探すことにしよう。

僕はいつも真面目ですけどね。

僕ほど真面目な人間は、なかなかいない。

…さて、それはともかく。

「まずは、この世界について…少しでも情報を…」

騙すというのがどういう意味なのか、探っていくとしよう。

…と、思ったのだが。

さっきから一つ、頭の帽子以外に、気になっていることがある。

なんか、この家…焦げ臭いんですけど。

もしかして、火事の現場に来てしまったのだろうか?