神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜

…なかなか、立派な屋敷だ。

「あっ…」

白ウサギは、ひょいっと塀を越えて、屋敷の敷地内に入っていった。

追いかけようか。僕達も。

高い塀だったが、僕達にとって、この程度の壁は防御にも何にもならない。

あっという間に乗り越えて、敷地内に侵入成功。

この辺りの技術は、イーニシュフェルト魔導学院で鍛えられている。

毎晩侵入してるからね。慣れたものだ。

屋敷の敷地内に入ると、様々な花が植えられた花壇や、庭木が生い茂っていた。

ここが、公爵夫人の庭?

手入れが大変そうだ。

「うわー…。何この花…?」

『八千歳』が、思わず眉をひそめる。

その気持ちはよく分かる。

ここに咲いている花は、普段園芸部で『八千歳』達が育てている花とは、全く違っていた。

どの花も、白紙のページのように真っ白。

その真っ白の花に、色とりどりのペンキが塗ってあった。

さっき、卵の化け物に会った場所も、こんな花が咲いてたね。

しかも、まだペンキの塗りかけなのか。

色とりどりのペンキが入ったバケツが、地面に置きっぱなしになっていた。

ペンキを塗ったばかりの白い花びらから、塗りたてのペンキが剥がれかかっていた。

…酷い有り様だ。

この世界に咲く花には、どれもこれも、色がないのだろうか?
 
「うわ、見てよこのひまわり…。ひまわりなのに、真っ白だよ」

『八千歳』が、花壇を指差してそう言った。

園芸部の『八千歳』にしてみれば、このような光景を目にすれば、思うところがあるのかもしれない。

「変な世界だなー…。…あ、そうだ、それより白ウサギは」

「あっち」

指差す先に、白ウサギがこちらを見ながら待っていた。

今なら、捕まえられるか?

切り札に手を伸ばそうとしたが、一歩遅かった。

白ウサギはそっぽを向いて、たたたっ、と走り出した。

…のは、良いのだが。

わざとなのか、それとも偶然なのかは知らないが。

逃げる拍子に、白ウサギはペンキのバケツを、後ろ脚で蹴っ飛ばしていった。

あっ。

声を出す間もなく、バケツがひっくり返り。

中に入っていたペンキが、べっとりと花壇に撒き散らされた。

…足元には注意しようよ。

しかし白ウサギは、そんなことは知らないとばかりに無視。

カサカサと音を立てて、茂みの中に消えていった。

「また見失った…!」

「まだ近くにいるかも。手分けして植え込みの中をさが、」

と、言いかけたそのとき。

「こら、お前達!そこで何やってる!」

…またしても。

何者かに呼び止められ、僕はうんざりしながら振り返った。

そこには、ペンキまみれのエプロンとバンダナをつけ、ペンキを塗るハケを持ったお兄さんがいた。