神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜

俺は、十歩ほど後ろに下がった。

助走の為だ。

少し助走して、橋の先端ギリギリまで来たら、思いっきり踏み込んでジャンプ。

食料庫に向かってダイブする。それだけ。

実に分かりやすい。

さて、手が届くと良いのだが。

ビビッてちゃ始まらない。

恐怖で足が竦む前に、さっさと飛ぼう。

「…よし」

生憎俺は、まだ死ぬ気はないんでね。

精々、生きて明日の陽の光を拝ませてもらおう。

俺は助走をつけて、先端ギリギリに来たとき、強く箸を蹴りつけた。

ふわりと身体が中に浮かんだ。

行け。届け。

時間としては、恐らく1秒くらいの出来事だったのだろうが。

俺にとっては、まるでスローモーションのように感じた。

「ふっ…ぐ…!」

精一杯伸ばした手が、食料庫の縁に届いた。

…よし…届いた。

手を滑らせないよう、俺は強く食料庫の縁を掴んだ。

そのまま、ぐいっと身体を持ち上げ、食料庫によじ登った。

…ふぅ。

かなりギリギリではあったが、何とか辿り着けたようだ。

はぁ…ネズミに追いかけられるより、命の危機を感じた。

「羽久!羽久、大丈夫!?」

食器棚から身を乗り出すようにして、シルナが大声で尋ねた。

「大丈夫だ!」

俺もまた、大声で答えた。

けど、今の俺達の大声なんて、通常サイズの人間には全然聞こえないんだろうなぁ。

誰もいないから良いけど。

「よ、良かった、羽久…。じゃあ、私も行くね!」

「いや、ちょっと待て」

後から続こうとするシルナを、俺は制止した。

「どうしたの?」

「…」

…今しがた、俺が飛んでみて分かったが。

目で見るより、結構距離があった。

俺でさえギリギリ届いたのだ。

運動音痴でビビリチキンなシルナでは、届かないかもしれない。

シルナまで飛ぶのは、危険過ぎる。

「やっぱり、お前はそっちで待っててくれ。ここは俺が…」

「やだ、行く!」

…駄々っ子かよ。

「無理をするなって言ってるんだ。お前じゃ届かない…」

「いや、絶対に行く」

「…シルナ…」

「羽久が行くところには、私も行く。それが何処かは関係ない」

…そうか。

…そうだな。

「…分かったよ」

そこまで覚悟を決めているなら、躊躇うことはないな。

シルナなら大丈夫…そう信じるしかないな。

いや、信じよう。

俺は、シルナの相棒だからな。