神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜

…笑われたぞ、俺達。チェシャ猫に。

何笑ってんだお前。

いや、そんなことより…。

…もしかして俺達、逃げた方が良いのでは?

猫なんかに追いかけられたら、今の俺達はひとたまりもない。

さっきはネズミに追いかけられ、今度は猫に追いかけられるとは。

地獄だ。

逃げ切れるか…?姿を見られてるのに…。

そう思ったが、チェシャ猫は、お得意のにやにや顔で俺達を見つめるだけで。

どうやら、襲いかかってくる意志はなさそうだった。

「…何だよ、お前。何しに来たんだ?」 

俺達を襲いに来たんじゃなかったら、何をしに来た?

もしかして、テントウムシサイズで右往左往する俺達を、野次馬しに来たのか?

「…ケケケッ」

チェシャ猫は俺の問いには答えず、小馬鹿にしたような笑い声をたてた。

…本当に、野次馬しに来たようだ。

…くっそ…。にやにやしやがって…。

これが人間だったら、絶対友達出来ないタイプだな。

にやにやとこちらを眺めるチェシャ猫を、しばし睨み返していたが。

…こんなことしてても、時間の無駄だな。

「…もう良い。あのクソ猫は放っといて…行くぞ」

「お、襲ってこないよね…?あの猫ちゃん…」

「…見てるだけだし、大丈夫だとは思うが…」

菜橋を渡ってるときに邪魔されたら、一貫の終わりだな。

今のところ、襲ってきそうな様子はないが…。

何をしでかすか、分かったもんじゃない。

じゃあ、俺が先に行こう。

そうすれば、万が一チェシャ猫が何か仕掛けてきても、俺が落っこちるだけで済む。

「俺が先に行くよ」

「…!羽久…!いや、私が先に…」

「運動音痴は後だ」

俺は強引に、先に菜橋を渡った。

…こえぇ…。

下を見たら、足が竦むな。

下は見るな。前だけを向いて歩け。
 
俺は、普通にイーニシュフェルト魔導学院の廊下を歩いているような気持ちになって、菜橋を渡った。

…やがて、橋の先端に辿り着いた。

…ここから先は、足場はない。

向こうに向かって、決死のダイブを試みる。

…ギリギリの距離だな。正直、絶対大丈夫だとは言えないが…。

躊躇わず、思いっきりジャンプすれば、多分届く。

でも、臆病心を起こして、躊躇ってしまったら…多分落ちる。

つまり、覚悟を決めて飛べってことだな。シンプルで分かりやすいじゃないか。

じゃ、やるべきことは一つだな。

「飛んでくるよ、シルナ」

「…気をつけて、羽久…!」

そうだな。

ここで落っこちて死んだら、お茶会には参加出来ないし。

皆とも再会出来ないし。

ここで死ぬ訳にはいかないな。

精々、全力ダイブを試みるとしようか。