神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜

今日だけに限らない。

羽久さんに人魚姫の件を聞かされたその日から、ずっとそう。

任務中でも、アトラスさんのことが気になって仕方ない。

仕事に私情を挟むなんて、聖魔騎士団副団長失格だ。

それは自覚しているけど、でも、どうしても気になってしまう。

…だって、自分の夫に、他の女性が言い寄ろうとしてるんですよ?

嫌に決まってるじゃないですか、そんなの。

私はアトラスさんのことを信じているから、彼に何者が言い寄ろうと、不道徳なことが起こるとは思っていない。

だけど…どうしても、気になってしまう。

私の中に、常に存在する…自分に対する劣等感のせいだ。

劣等感と…そして、恐怖だ。

アトラスさんと結ばれたときから、ずっと心の奥で抱えている、小さな恐怖。

人々から忌み嫌われる、アルデン人である私に…いつか、アトラスさんが愛想を尽かすのではないかという恐怖。

もしかしたら、アトラスさんは私に愛想を尽かし…別の女性…人魚姫さん…に、心変わりするかもしれない。

そんなことはないと分かっているが、やっぱり不安が拭いきれない。

…人間ですらない人魚姫に負けるって、それは何だか嫌ですね。

せめて負けるなら、普通の人間に負けたかったです。

…でも…ちらりと見ただけではあるけど、あの人魚姫さん…かなりの美人だったし。

少なくとも、私なんかより遥かに綺麗な方だった。

羽久さんが言う通り、いくら人魚姫さんがアトラスさんにアタックしても、アトラスさんが振り向くことはない…だろう、と。

そう信じてはいるけど…。それでもやっぱり、夫が他の女性に付きまとわれて、妻として、良い気分はしない。

それで私は、一日中アトラスさんのことが気になって、気になって、仕方ないのだ。

仕事中でも、暇を見つければ、こうしてアトラスさんの様子を見に来ている。

もしかしたら今頃、人魚姫さんがアトラスさんに言い寄っているのではないかと…。 

アトラスさんに、人魚姫の存在を話すことは出来なかった。

言えるはずがない。

「あなたに一目惚れした女性がいるらしくて、その人があなたにアタックしてくると思いますけど、相手にしないでくださいね」なんて。

言った方が良いのかもしれないけど、でもそんなこと、口が裂けても、私の方から話すことは出来なかった。

意気地無しと言われても、言えないものは言えない。

「お邪魔します…入りますね」

私は、アトラスさんの執務室を訪ねた。

しかし。

「あら…留守、ですか…」

執務室に、アトラスさんの姿はなかった。

確か今日のアトラスさんは、午前中、任務に出ているはず。

そろそろ帰ってくる頃だと思ったんですが…どうやら、少し長引いているようですね。

じゃあ、また後で訪ねてこよう…と、執務室を出ようとしたら。

「失礼します、団長…。…あれ?」

私に続いて、アトラスさんの部下である隊員さんが、執務室を訪ねてきた。