神殺しのクロノスタシスⅤ〜前編〜

…今、誰か私のこと、呼ばなかった?

今の…私の、名前?

いや、そんなはず…。だって私の名前はベリーシュのはずだ。

シファちゃんにもパパにもママにも、学校やじゅくの先生にもそう呼ばれる。

でも、今誰かが呼んだ名前って、ベリーシュ…じゃなかったよね?

響きは似てたけど、別の名前…。

聞き間違い?他の人に声をかけているのが聞こえた、とか?

きょろきょろと、周囲を見渡す。

…しかし、周りを見ても、私に声をかけた人なんて何処にもいない。

今の声は、一体何処から聞こえたの?

聞き間違いじゃなかった。確かに誰かが、私を呼んだ。

聞き覚えのある声だった。

…優しい声だった。

あの声は…夢の中で…私がずっと探し求めてた声…。

「…!」

いてもたってもいられなかった。

私は声の主を求めて、土砂降りの雨の中を走り出した。

今なら確信を持って言える。あれは夢なんかじゃない。

毎晩見ているあの夢は、昔見た映画のワンシーンなんかじゃない。

記憶だ。紛れもなく、あれは私の記憶なのだ。

私が過去に見たもの、聞いたものが夢に現れていたのだ。

温かい声だった。私を呼ぶ、あの声は。

偽りじゃない。幻じゃない。確かにこの世に存在している人の声だ。

誰だっただろう?絶対に…忘れちゃいけないものだったはずなのに。

何で私、忘れちゃったんだろう。

夢の中で、私に手を差し伸べてくれていたのが、きっとあの声の主なのだ。

私を呼んでる。私を…助けようとしてくれてる。

それなのに私は、手を伸ばすことが出来ない。

あの温かい声の持ち主を、探すことも出来ないのだ。

「何処に…何処に、いるの…?」

狭い世界の中を、土砂降りの雨の中を、私はひたすら走り回った。

傍から見たら、きっとびっくりするような光景だったに違いない。

傘もささずに、制服の裾から水滴をポタポタ垂らしながら、髪を振り乱して走っている女の子がいたら。

誰だって驚くだろうし、どうしたんだろうと思うのは当然だ。

だけど、私はそんなことどうでも良かった。

誰にどう思われようが、そんなことはどうでも。

あの声。今の声は何処なの。

私を呼ぶ声。

あの声に、応えないと。

探してくれてるんだ。私を…また…助けようとしてくれてるんだ。

だから、私もその思いに応える。絶対に。

「何処にいるの…。ねぇ…」

お願い、もう一度…私を呼んで。




そうしたら、今度こそ私は…君を、絶対に見失わないから。