【第六話】
◯湖の街(昼間)

任務先である湖のある街を訪れたほのかと薔
ほのかは鞄を持ち、薔は黒いケース(神剣)を背負っている
情報共有のため、二人は地元の神主と湖のほとりで合流する

神主「お二人とも遠路はるばるようこそお越しくださいました」

神主と挨拶を交わし、御神体が祀られている祠まで案内してもらうことに
湖のほとりを歩きながらこの地についての説明を受ける

神主「ご覧の通り、当地は水に恵まれた土地でして、古くから龍神様をお祀りしております」

薔「存じております。事前に共有いただいた報告書で拝見しました。それにしても本当に見事な湖ですね。この街に来るまでに何本か川を越えてきたのですが、もしや」

神主「ええ、この周辺一帯にある川は全てこの湖に繋がっているんですよ」

ほのか「わぁ、そうなんですね。こんなに大きな湖、私初めて見ました。水も空気も澄んでいて、とっても心地が良くて……本当に素敵な場所ですね」

神主「そう言っていただけて嬉しい限りです。最近は観光で訪れる方も結構いるんですよ。代々この地に暮らす私どもとしては落ち着かないのですが……まぁ、賑やかなのは良きことです」

そんな話をしながら祠へ向かう神主と二人

神主「こちらが龍神様の本霊を祀る祠になります。私が普段管理している神社にも分霊を祀っておりますが、神託巫女の皆様は大抵こちらで龍神様とお話ししているご様子なのでお二人をお連れいたしました」

薔「ありがとうございます。では、さっそく……ほのか」

ほのか「はい!」

祠の前に並ぶ薔とほのか
神主は一歩下がった位置で見守っている

ほのか「我ら、神々と言の葉を交わせし巫女。此方へと詣できたり」

ほのかがそう言い終えた途端、縁結びの神の時と同じように周囲が白く染まって神域へ導かれる


◯龍神の神域

龍神「……神託巫女よ、何用だ」

脇息にぐったりともたれかかる龍神の姿
人型だが、頬や手の甲に白い鱗があしらわれている

ほのか「お初にお目にかかります。ご様子を伺いに参りました。お変わりはありませんでしょうか」

ほのか(なんだろう……この感じ)

龍神「……あぁ」

薔「さようですか。以前、別の巫女が伺った際は────」

ほのか(前に会った縁結びの神様が明るいお方だったせいかな……でも、なんか……)
(なんとなく嫌な感じがする)

不安な気持ちになり、龍神と会話している薔の様子をちらりと伺うほのか

ほのか(久遠先輩もいつもより表情が固いような……いや、私の気のせいかな)

薔「ほのか、神楽の支度を」

ほのか「────っ、はい!」

ほのかが考え込んでいる間に龍神と薔の会話が終わったらしい
薔の言葉で気持ちを切り替えて、神楽の用意を始めるほのか
ほのかは自分の琴の式神を呼び出す
一方、薔は少し考えた素振りを見せた後、背負っていた神剣を地面に置いた

ほのか(あれ?今回も最初は剣舞からにしようって先輩言ってなかったっけ)

そう考えた途端、薔がスッとほのかに近づいてきて小声で耳打ちしてきた

薔「ほのか、扇持って来てる?貸してくれると助かるんだけど」

ほのか「え?はい、もちろん」

自分の鞄から舞踊用の扇を取り出して、薔に手渡すほのか

薔「ありがとう。事情は後で説明するから。いいね?」

薔に真剣なトーンでそう言われて、ほのかは黙って頷いた
その後、薔の扇を使った舞から始まり、ほのかの歌、薔の竜笛を披露していく
しかし、龍神は相変わらずぼんやりとした様子で神楽にもあまり興味を示さない


◯旅館・ほのかの客室(夕方)

任務を終え、湖の近くにある温泉旅館を訪れたほのかと薔

ほのか「はぁー……なんだったんだろ、今日の任務」

ほのかは自分の客室の畳に寝そべりながら今日の振り返りをしていた
(薔は隣の客室にいる)

ほのか(結局、あの後は早々に神楽を切り上げて任務を終えた訳だけど)
(帰り道、久遠先輩はずっと無言で何か考え込んでるし)

★ほのかの回想(旅館の廊下)

珍しく難しい顔をした薔

薔「ほのか。色々説明したいところだけど、ひとまず部屋で待ってて。今はひとりで落ち着いて考えを整理したい。学院にも報告を入れておく必要があるから、終わったらほのかの部屋に行くね」

薔はそう言うと、あっという間に自分の客室に入っていった
★ほのかの回想(おわり)

ほのか(………あー、もう!気になることは山ほどあるけど考えても分かんないし、久遠先輩、後から説明してくれるっぽかったし!切り替えよう!)

畳からバッと起き上がるほのか

ほのか「とりあえず、荷ほどきでもしようかな。制服も脱いで、浴衣に着替えちゃお……うぅ……ほんとなら今頃、先輩と一緒に温泉を満喫してるはずだったのに」

制服のジャケットを脱ぎながら、クローゼット兼荷物置き場に移動するほのか

ほのか「荷物は旅館の方が先に運んでくれてるって話だったけど……あれ、これ私のじゃなくて久遠先輩のじゃん。あちゃー、交換してもらいにいかないと」

ひとりごとを言いながら、制服を脱いで浴衣姿に着替えるほのか
薔の荷物を持って、隣の部屋に向かう
薔の客室の扉を何度かノックしたが返事がない
ダメ元でドアノブを回すと開いてしまった

ほのか(もしや、鍵開いてたりとか……した。いやでも、電話中かもしれないし……って、シャワーの音?)

扉を閉じて、客室のシャワー室の扉の前に移動するほのか
シャワー室の扉越しに薔のシルエットが見える

ほのか「久遠先輩?」

薔「……ほのか?どうしたの?」

ほのか「あの、荷物が逆になってたので持ってきたんですけど」

薔「そっか、気がつかなかった……持ってきてくれてありがとう、助かる。そこらへんに置いといて」

ほのか「はーい。じゃあ洗面台のとこに置いときますね」

ほのかはシャワー室に背を向けて荷物を洗面台の足元に置く
シャワーの音が止んで、薔が扉を開ける描写
荷物を置き終えたほのかは、洗面台の上にバスタオルが置かれていることに気がつく
タオルを差し出すため、良かれと思って薔の方へと振り返ってしまう

ほのか「あ、先輩。これバスタオルで、す…………え?」

振り返った先でほのかは薔の裸を目にしてしまう
線が細く、薄いものの明らかに男性の身体つきをした薔の姿に愕然とする

薔「あぁ、ありがとう……どうかした?」

いつになくぼんやりとした表情を浮かべてはいるものの、造形自体はいつもどおりの薔の顔と想定外の男性の身体に混乱するほのか
薔はほのかの手からバスタオルを受け取り、身体を拭い始めた段階でようやくほのかが何に驚いているのか思い至る

薔「あ」

ほのか「う、嘘…………」

薔「えっと、これは」

ほのか「え、あれ??なんで???」

薔「ごめん、説明しなきゃとはずっと思ってたんだけど……ほのか!?」

任務の疲労もあり、意識が朦朧としてくるほのか
倒れる寸前で薔に抱きかかえられるが、そのせいでいよいよ混乱を極めて意識を飛ばしてしまう
失われていく意識の中、ほのかは取り留めもなく薔のことを考える

ほのか(わぁ、意外と筋肉ついてるなぁ……久遠先輩、着痩せするタイプなんですね)
(それにしても……最初に電車の中であった時にイケメンだって思ったのは間違ってなかったんだなぁ)
(まさか本当に男の人だったなんて)