【第四話】
◯縁結びの神の神域

遠い目をしながら紅茶を飲むほのか
目の前には立派なアフタヌーンティーのセット

ほのか(私、佐倉ほのかはついに初めて神様とお会いした訳ですが)
(なぜか優雅にお紅茶をいただきながら、延々と恋バナを聞かされています)

縁結びの神「それでぇー、その男の方がさぁ……どうしようもないクズだったの!でも、女の子の方は必死に彼への恋心が成就するようにウチの神社で願うワケ!もー、どうしようかと思っちゃったわ」

ほのか(なんかちょくちょくオネエみたいになるのはなんなんだろう、この神様……)

薔「はぁ、それでどうされたんですか」

縁結びの神「ん、もちろんそのクズとの縁はブチっと切った」

ほのか「わぁ、容赦ない……」

縁結びの神「だってさー!その女の子のことをね、ずーっとひたむきに想ってる別の男の子がいることに気づいちゃったんだもん。お賽銭入れてくれたお礼にそっちの縁をちょちょいと繋いじゃった」

ほのか「ちょちょい……」

薔「縁結びってそんな感じなんですね」

指を動かして縁を繋ぐ様子を再現する神
顔を引きつらせるほのか
平然と相槌を打つ薔

縁結びの神「ほのか、びっくりしてるみたいだけど神様ってそういうもんよ。あー、でも縁結びに関して言えばさ、必ずしもボクが繋いだ縁が成就する訳じゃない。あくまで縁で繋がれた本人たち次第。ボクは縁が結ばれるきっかけを与えてるだけにすぎない」

ほのか「へぇぇ」

縁結びの神「後はね、そもそも縁ってものがあるって信じてること自体が意外と大事だね。そうじゃなきゃ、その女の子は縁結びの神様であるボクが祀られてる神社にわざわざ来なかっただろうし。別に日頃からせっせと祈れとかそういう話じゃなくて、そういう目に見えないものを大切にする心持ちが重要……って、何か真面目な話になっちゃったや。ついつい説教臭い話しちゃうのはボクも歳ってことかな」

ふと神様らしい顔つきになって遠くを見つめる神

ほのか(『目に見えないものを大切にする心持ちが重要』か。気安すぎて忘れそうになるけど、神様なんだよなぁ。神託とは少し違うんだろうけど、せっかくだし心に留めておこう)

薔「恐縮ですが、そろそろ日が暮れる時間です。私たちはお暇させていただこうかと」

さりげなく腕時計を神に見せる薔

縁結びの神「あちゃー、もうそんな時間か。楽しい時間が過ぎるのは早いねぇ」

薔「楽しんでいただけたようで何よりです」

ほのか「私たちのほうこそ、こんなに良くして下さってありがとうございました!」

縁結びの神「うんうん!じゃあ、またね……って、まだ少し時間あったりする?最後に神楽を見せてほしいな。一曲だけ、演目はなんでもでいいから」

薔「分かりました。では、私が」

立ち上がり、椅子に立てかけていた黒いケース(神剣)を手に取る薔
席を離れる際に小声で「そこで見てて」とほのかに耳打ちしてくれた

縁結びの神「あ、どうせなら二人で一緒にやってもらいたいなぁ。ほのか、お願いしてもいい?」

ちらりとほのかの方を見てそう呟く神

ほのか「わ、分かりました!!」

驚きつつも立ち上がり、薔のそばへ駆けるほのか

薔「大丈夫?無理そうなら私から断るよ」

ほのか「いえ、頑張ります。色々良くしてもらったし私も何かお返ししたくて……って言っても、私ができる神楽なんて限られてるんですけど」

薔「分かった。そうだね、多分いきなり一緒に踊ったり演奏するのは難しいから────」

話しながら雅楽用の式神を次々と出していく薔
ほのかも自分の琴の式神を出して、薔の提案に相槌を打つ

二人の用意が整ったタイミングで式神たちが和楽器を演奏し始める
チェアに腰掛けた神が薔とほのかの方を見ている

神「おや、始まるみたいだな」

式神の伴奏に合わせてほのかが歌い始める

ほのか(この曲、踊りはまだ習ってないけど歌なら珊瑚に教えてもらったから自信がある)

ニコニコしながら見守る神の様子を見て、ほっと安心するほのか

ほのか(それに、この曲を久遠先輩と一緒にできるなんて……嬉しくて仕方ない)

★ほのかの回想(放課後の教室、制服姿)

放課後、クラスメイトたちと練習した記憶がよぎるほのか
式神の伴奏に合わせて珊瑚とほのかが歌い、琥珀と玉縁が扇を持って踊っている
歌が途切れる間奏のタイミングで珊瑚がほのかに話しかけてきた

珊瑚「この曲ってさぁ、扇持って踊るのが基本なんだけど……前に薔様がアレンジして踊ってたのがすんごいかっこよかったんだ。薔様って、見た目通り何でもできる人なんだけどアレは格別だったな」

ほのか「ええ、いいなぁ!私も久遠先輩の踊り見てみたい」

珊瑚「ふふ、羨ましいだろ。ほのか、薔様のこと大好きだもんな」

ほのか「っ、そ……れは否定しない。うん、だって憧れの人だし」

珊瑚「あはは、そんなに照れなくても!特別に教えてやるよ。薔様はさ、なんとこの踊りを────」

★ほのかの回想終わり

歌を交えた前奏が終わって、ゆっくりと踊り始める薔
扇の代わりに神剣を手に持っている

ほのか(────これが、久遠先輩の剣舞!)

洗練された華やかな剣舞を披露する薔
神剣がキラリと光り、白薔薇の花が舞う描写

ほのか(すごく、すごく……きれい)
(って、見惚れてる場合じゃないんだって!私も歌に集中しないと!!)
(あ、ヤバい。次の歌詞って何だったっけ、思い出せな……)

ほのかが歌いながらヒヤッとして顔色を変えた瞬間、踊っていた薔と目が合う
そして、薔が踊りながら歌い始める

ほのか(っ、久遠先輩……助けてくれた……!)

にこりと薔に微笑まれる
助けてもらえたことに感動するほのか

無事に曲を終える二人
縁結びの神が盛大な拍手を送ってくれる
ほのかと薔、顔を見合わせて達成感から明るく笑い合う


◯公園(夜)

ブランコに座って脱力するほのか

ほのか(あーー、一気に疲労感が……楽しかったけどやっぱり緊張してたんだなぁ)

薔「ほのか、良かったらこれ」

ほのか「あ゛りがとうございます、ぅ……」

ペットボトルのお茶をほのかに差し出す薔
枯れた声のほのか

ほのか(結局、あの後何曲も強請られて……なぜか私は朗読までさせられて……)

★ほのかの回想(縁結びの神の神域)

神から神楽をねだられるほのか

縁結びの神「ほのか、他に歌える曲や舞はないのー?神託巫女にしては神楽のレパートリー少なすぎじゃない?」

ほのか「すみません……」

縁結びの神「うーん、仕方ないねぇ……詩吟とか、この際いっそ朗読とかでもいいよ。なんか本持ってないの?」

ほのか「そんな急に言われても……今は国語の教科書くらいしか持ってないです」

縁結びの神「あー、うん。まぁ、それでもいいよ。どうせなら恋愛モノがいいんだけど。ボク、縁結びの神だし」

ほのか「えっと、じゃあ森鴎外の舞姫を」

縁結びの神「あー、明るい話がいい。なんかひとつくらい載ってないの?若者の胸キュンストーリー的なやつ」

ほのか「いや、国語の教科書にそんなものは」

押しの強い神にタジタジになって薔に目線で助けを求めるほのか
薔、気まずげな顔で自分の鞄から恋愛小説を取り出す
校門で待ち合わせしていた時に薔が読んでた本

縁結びの神「薔、良さげな本持ってんじゃん!いいね!ほのかコレ読んでみて!」

★ほのかの回想終わり

ほのか(流石に一冊全部読めとは言われなかったけど……結構たくさん読んだせいか喉が痛い)

薔「喉の調子はどう?」

そう言いながら隣のブランコに腰掛ける薔
ぐったりした様子のほのかを心配そうな顔で伺っている

ほのか「ちょっとヒリヒリしますけど問題なさそうです。それよりも久遠先輩、今日は本当にありがとうございました」

薔「いや、それはこちらの台詞だよ。見学の予定で同行してもらったのに、お茶やら神楽やら……ごめん、あの神様を止められなくて」

ほのか「いえいえ、それは久遠先輩のせいじゃないですから。それに神様にあんなに喜んでもらえて、私も素直に嬉しかったですし」

別れ際、朗らかに二人を見送ってくれた神の様子を思い出すほのか

ほのか「うまく言えないんですけど、今日のお務めのおかげでこれからもっと頑張りたいなって。一層、そう思えるようになりました」

薔「それは良かった」

ほのか「はい!だから、これからもよろしくお願いします!」

薔「もちろん」

常になくふわりと柔らかく笑う薔
そんな薔の姿に、凛々しく剣舞を披露した時の薔の姿が重なる
途端にドキドキし始めるほのか

ほのか(こうして優しく微笑んでる時ももちろん素敵だけど、あの時の久遠先輩は)

ほのか「めちゃくちゃかっこよかったなぁ……」

薔「えっ、急にどうしたの」

ほのか「あれ、もしかして声に出てました」

驚く薔とじわりと襲い来る恥ずかしさにゆっくりと顔を伏せるほのか
自分の膝を見つめながら感情を整理する

ほのか(わわわ、恥ずかしい……けど、いい機会だしどうせならちゃんと伝えたいかも)
(わたしがどれだけ、久遠先輩のことが大好きか)

元の座っていた体勢に戻り、姿勢を正して薔の方を向くほのか

ほのか「あの、私……久遠先輩のこと」

意を決した表情で口を開くほのか
石のようにピタリと固まる薔

ほのか「初めて会った時からずっと憧れてて」

薔「…………あ、うん」

ほのか「嬉しい言葉をたくさんかけてくれたり、何かと心配してくれたり、困ったときは助けてくれたりして……その、いつも感謝してます。でも、それだけじゃなくて今日の久遠先輩の剣舞を見て私も先輩みたいに素敵な神楽をできるように、立派な神託巫女になりたいなって心から思ったんです」

はにかみながら笑うほのか
しばらく呆気にとられるも、微笑みを返す薔

薔「ほのかにそう言ってもらえて、私もすごく嬉しい。実はね、ほのかを学院にスカウトして本当に良かったのかなって時々思ってたんだ」

ほのか「ええ、なんでですか!?」

薔「ほのかの才能に惹かれて、強引に誘ってしまった自覚があったから」

ほのかに手をのばして髪を一房掬う薔
薔の瞳には憂うような色が浮かんでいる

薔「今日の神様も言ってたけど、ほのかに特別な何かがあるのは間違いない。でも、君はこれまで神託巫女とは全く無縁の世界で暮らしていたのも事実。だからね、元の生活を手放したことに後悔があるんじゃないかって不安に思ってた。もし、ほのかが少しでも後悔しているのであれば、それは最初に君に声をかけた私の責任だ」

ほのかの髪から手を離して、ブランコから立ち上がる薔

「だから、神託巫女になりたいってほのかの口から聞けて少し安心した」

ブランコに座り続けるほのかの前に歩み寄る薔
薔は少し屈んで、ほのかに顔を近づける

薔「私に憧れてるって言ってくれたのも嬉しいしね。まぁ、でも私もまだまだ未熟な身だから」

更に顔を近づけられてドギマギするほのか
つややかで、淡い色合いの薔の唇がやけに目について混乱する
互いの鼻が触れ合いそうな距離でようやく薔の動きが止まった

薔「一緒に頑張ろうね、ほのか」

すっかりタジタジになったほのかに薔は余裕たっぷりな笑顔を向けたのだった