【第三話】
◯校門の前~電車の中(放課後)

制服姿のほのか
薔との待ち合わせ場所である校門に向かって歩く

ほのか(神と言葉を交わすことのできる希少な存在、神託巫女)
(これから私、佐倉ほのかは神託巫女見習いとして初めての『お務め』です)
(……といっても、先輩のお務めの見学をするだけみたいなんだけど)

ほのか「久遠先輩!」

校門に寄りかかり、風になびく長髪を片手で押さえながら
反対の手で文庫本を読む薔の姿
制服姿で背中に黒いケース(神剣)を背負っている
ほのかに気がついて、本から視線を離す薔

薔「ほのか、お疲れ様」

ほのか(うーん、今日もお美しいです久遠先輩……って、見惚れてる場合じゃないんだって)

ほのか「すみません、お待たせしちゃいましたか?」

薔「そんなことないよ」

鞄に本を仕舞おうとする薔
ほのか、何気なく薔の持っていた本の表紙を見る
最近流行りの恋愛小説だった
タイトルは『初恋は凛と咲く花のように』
薔にクールな印象を抱いているため意外な選書だと思うほのか

ほのか「その本、最近流行ってるヤツですよね」

薔「ああ……同級生に押しつけられてね」

どことなく気まずげな表情を浮かべる薔

ほのか(なるほど、意外なチョイスだなと思ったらそういうことか)

ほのか「へー、おもしろいですか?」

薔「……おもしろい、んじゃないかな。あまりこの手の本を読んだことがないからよく分からないけど」

誤魔化すように軽く咳払いをする薔
珍しい薔の様子に少し驚くほのか

薔「それより、そろそろ行こうか。準備はちゃんとしてきた?」

校門を出て、並んで歩き始める二人
生い茂った木々とその奥に見える都会の景色を背に駅に向かう

ほのか「はい……って言っても、特に持ち物とかありませんでしたよね。一応、神楽で使う道具は持ってきましたけど」

薔「どちらかというと心の準備って意味かな。これから会いに行く神様は……なんというか、礼儀作法を重視しない性格だからさほど気負う必要はないんだけど」

穏やかな表情でそう説明してくれる薔

ほのか(これから会いに行くのは縁結びの神様)
(最近生まれた若い神様で、久遠先輩は一度会いに行ったことがあるって話だったけど)

ほのか「……うぅ、やっぱり緊張する」

薔「だよね。まぁ、基本的に見習いのお務めは神様の機嫌を確認するだけだから」

ほのか「でも、神託が下りることもあるって先生が言ってました」

薔「たまにだけどね。その時は頑張るしかない。本職の神託巫女が懇切丁寧にお願いしてもなかなか神託が下りない時もあるっていうのに、その日の神様の気分によっては気まぐれに神託が下されるんだよ。万が一、今回神託が下りたらしっかり聞いておいて。後で学院に報告しなきゃいけないから」

ほのか「ひぃぃ……責任重大」

ほのか(神託については授業で何回も習ってるけど内容が洒落にならないんだよね)
(明日の天気から誰かの不幸、果ては社会全体に影響が出るような予言まで)
(大した内容じゃないことも多いみたいだけど、何にせよ聞き洩らす訳にはいかない)
(そう思うと、超絶今更だけど胃が痛くなってきた……)

歩みが遅くなるほのか、少しずつ薔との距離が開いていく
そんなほのかの様子に気がついて、振り返る薔

薔「そんな顔しないで。大丈夫、私がいるから」

固い表情を浮かべるほのかに手を差し伸べる薔
そんな薔がキラキラして見えるほのか

ほのか(相変わらず緊張してる、けど)
(久遠先輩にそう言われると、どうにかなりそうな気がして)

ほのか「……はい」

薔の差し出した手を取るほのか
ぎゅっと手を繋ぐ二人

(初めてのお務めが久遠先輩と一緒なんて、正直すごく嬉しい)
(先生も、クラスメイトのみんなも大好きだけど、やっぱり一番の憧れは久遠先輩で)
(それに、なんていうか……一緒にいると落ち着くっていうか、しっくりくるっていうか)

手を繋いだまま、歩いて駅へ向かう
そのまま電車に乗る二人

(……ドキドキもするんだけどね!)

電車の中、手を繋いだまま扉の近くに並んで立つ二人
窓の外を見る薔と照れた顔を伏せて俯くほのか


◯縁結びの神の神域

都会の雑踏の片隅、小さな神社の境内にいる薔とほのか
二人はアイコンタクトを取る

薔「我ら、神々と言の葉を交わせし巫女。此方へと詣できたり」

薔がそう言い終えた途端、景色が一変して視界が白くなっていく
いつも通りの薔と緊張した面持ちのほのか
繋がれた二人の手を見て神が言葉を紡ぐ描写

縁結びの神「これはこれは……実に素晴らしい縁だね」

そう言いながら完成した白い世界にスッと現れた神
二人を見ながらニコニコしている

縁結びの神「やぁ、そっちの君は初めてかな。よく来てくれた」

ほのか「っ、ありがとうございます。こちらこそお初にお目にかかります」

縁結びの神「いいよ、いいよ。そんなに畏まらなくて。テキトーに話して貰った方がこっちとしても気楽だから。こっちの君は会うの二回目だよね?また来てくれて嬉しいよ」

薔「はい、その通りです。ご無沙汰しております。その後、お変わりはありませんか」

縁結びの神「だーかーらー、もっと軽い感じでいいってば!全く、前回も君ってば終始お堅かったよね。ボクはこんなところに祀られてるくらいなんだから若い子たちのことはよく分かってんだってば。この子っていつもこんな感じなのかい?」

ほのか「えーっと、そう……ですね」

どんどん口調が崩れていく神の様子に戸惑うほのか
薔がぼそりと呟いて教えてくれる

薔「お若い方なので」

遠い目をする薔と困惑するほのかを置き去りに楽しそうに話し出す神

縁結びの神「あ、今日はさ。せっかくだから君たちとコレを楽しもうと思って。若い女の子たちの間で流行ってるヤツ!」

そう言って神が腕を振るとおしゃれな銀のテーブルとチェアが現れた
テーブルの上にはアフタヌーンティーのセットが置かれている
スイーツには初夏を感じさせる桃や柑橘系のフルーツまであしらわれている
思わず素で驚きの声を上げるほのか

ほのか「ええっ!?!?」

薔「今回はがっつり洋風なんですね」

縁結びの神「そうそう!前は確か抹茶パフェにしたんだっけ?あれもなかなか良かったよねー」

薔「ええ。なので、今回はこちらをお持ちしたんですが」

縁結びの神様「わぁ、マカロンじゃん!ありがと!これも一緒にみんなで食べよ!」

ほのか(ええ、神様ってこんな感じなの!?もっとこう、清らかな感じとか荘厳な感じを想像してたんだけど)

マカロンに喜ぶ神に唖然とするほのか
そんなほのかをちらりと見て、腰に両手を当ててわざとらしいポーズを取る神

縁結びの神「あ、そっちの君!一応言っとくけどみんながみんなボクみたいな感じじゃないからね!全く、分かりやすい子だね。考えてることが顔に出てるよ……って、んんー?」

滑るような動きで神がほのかの方へ近づいてきた
間近に迫る神に圧倒されて固まるほのか

縁結びの神「君たちの縁の方が気になってうっかり見逃してたけど、よく見ると君って……ふーん?」

真面目な顔になって考える素振りを見せる神
そんな神の様子を見て、薔が問いかける

薔「どう思われますか」

縁結びの神「そうだねぇ……他の神様たちは何て?」

薔「この子がまみえる神は貴方様が初めてです」

縁結びの神「おや、これが初陣なのかい。光栄だね」

再び考え込む様子を見せつつも、さりげなくチェアを引いて
薔とほのかに席につくよう促す神
二人が席についたのを満足げに確認して神自身も席につく
そのタイミングで茶器が勝手に動き初めて、お茶の用意が進んでいく

縁結びの神「自分で言うのもなんだけど、私は若いからさ。同じく若い人間たちの心の機微を読むのは、諸先輩たちより長けてる自信があるけどいかんせん知識はね。参考までに聞くけど、君たちはどう思ってる?」

薔「私は、彼女は神楽姫なのではないかと思っています」

縁結びの神「君自身は?」

ほのか「私は……よく分からないです」

縁結びの神「いいね、率直な回答だ」

注がれた紅茶に口をつける神
少し間を置いてから薔も紅茶のカップを手に取ったので、ほのかも薔を真似て紅茶を飲む

縁結びの神「話に聞いたことはあるけど、残念ながら神楽姫って会ったことないんだよね。だから君が神楽姫がどうかは分からないや。でもね、可能性はあると思うよ」

ほのかをじっと見つめた後、改めて口を開く神

縁結びの神「君、名前は?」

カップを持ったままの薔の手がピクッと揺れる
ほのかは授業で習った知識を思い出す

ほのか(確か、神様に名を聞かれるのは……心から気に入られた証)

ほのか「ほのか、です」

縁結びの神「良い名だね、覚えておくよ。ああ、せっかくだし君の名前も教えて」

薔「……薔と申します」

縁結びの神「ほのかと薔ね」

神が二人の名前を口にした瞬間、雰囲気がガラリと変わったのを感じて姿勢を正す二人。
何事かと思って薔の顔色を伺うと、いつになく緊張した面持ちをしている薔
そんな薔の様子に不安になるほのか

縁結びの神「……ああ、緊張しなくても神託は下ろさないよ。ただ、ボクがひとりでしみじみしてただけ」

神がそう言い終えると少しずつ元の雰囲気に戻っていく
緊張が解ける薔とほのか
それでも二人は下されかけた神託について困惑していた
そんな様子を見て、すっかり元の軽い調子に戻った神が再び口を開いた

縁結びの神「あ、神託ほしかった?んー、でも、必要ないと思うんだよね。あ、でも、しいて言えばまたこうして遊びにおいで。ひとりでも大歓迎だけど、できれば君たち二人で」

ほのか(え、どういうこと……?私と久遠先輩の名前を読んだ途端に、神託の話が出たってことは、つまり……?)

ほのかの考えを遮るように神がパァンと手を叩く

縁結びの神「そ・れ・よ・り!今はお茶を楽しまなきゃね!ほのか、どれから食べる?ほら、コレとか見た目も可愛らしいしどう?」

ほのか「え、あ、はい……いただきます?」

縁結びの神「うんうん、いいね!ボクはこっちのやつにしようかなー!」

すっかり元の雰囲気に戻って再び騒がしくなる神
神に付き合ってスイーツを選び始めるほのか
そんな神とほのかの様子を意味ありげな表情で見つめる薔