「電話じゃ、駄目ですか?」
「それじゃ、こうしないか?車に乗るのは君も不安だと思うから、大通り沿いに面したファミレスに居るからそこに来てくれないか?」
車に乗ってしまったら密室のようなもの。絶対、怖くて乗れない。昔、親によく言われた。知らない人の車に乗ったら駄目よと……。知らない人ではないけれど、今の熊谷さんはそれに近いものがある。ファミレスで会うなら大丈夫だろうか?でも……やっぱり断ろう。
「あの……」
「君が来るまで、ずっと待ってるから。それじゃ」
「あっ。ちょっと熊谷さん。もしもし?も……」
そんな事言われても無理だよ。ずっと待ってるって、そんな事言われても……。携帯をパソコンの横に置き、画面の中でこちらを見つめている私をエントリーしてくれた未来王子になるかもしれない男性を見ながら、意味なくその男性の画像をクリックしてみる。趣味はスノーボードと釣り。スノーボードと釣りって、随分、静と動の激しい趣味だな。気を紛らわすため男性の職業や年収を見ていたが、殆ど頭に入っていかず、ただ見てるだけで、熊谷さんの電話を切ってから、二時間ぐらいが経過している。熊谷さん。あのファミレスでまだ待ってるのかな?
そうだ!
チラッと遠巻きに様子を見てこよう。お店に入らず、本当に熊谷さんが居るかどうか。もしまだ待っていたりしたら、携帯に電話をして、もう一度断ろう。そう決めて、お財布と携帯だけを小さめのトートバックに入れ、階段を下りてリビングに顔を出した。
「ちょっとコンビニ行ってくる」
「気を付けて行きなさいよ」
「はぁい」
母親にそう告げ、家を出て歩き出した。気が重いが、早くすっきりさせたかった気持ちの方が今は勝っている。そうか。もし和磨が居たら、それとなくジャブ入れてどうしたらいいか聞いてみよう。和磨の家に曲がる路地の前を通ると、ちょうど和磨が車の洗車をしていた。

「不埒な和磨君。ごきげんよう」
「こんなダンディズムを兼ね備えた男を捕まえて、失礼なヤツだな。素敵な和磨様と言え。もしくはダンディ和磨様とか」
はぁ……。相変わらずのナルシストだ事。
「どうしたの?車なんか洗っちゃって、これからデートでも行くの?」
「バーカ!この前、どっかの無防備なお馬鹿な姉ちゃんのお陰で海まで行ったもんで、塩害で車錆びたら困るから洗車してんだよ」
無防備なお馬鹿な姉ちゃんって……。