午後四時の陽射しはまだ強かった。くっきりと濃い影が足元で揺れる。高校入学と共に両親から貰ったワイヤレスイヤホンを耳につけ、気だるそうに歌う男性アーティストの曲を流した。ずん、とお腹の下の方に響く低音のドラム。周りの音をシャットアウトして、彼の創る世界へと入り込んだ。

 排気ガスで煙たい通学路を歩く。背中に張り付いたシャツが気持ち悪い。大きな体格の外国人と肩がぶつかると、バランスを崩して危うく雑踏の中イヤホンを落とすところだった。

 呼吸をすることさえ苦しいこの街にどうして移住する気になれるのだろう。瑞己は田舎暮らしに憧れていた。一度だけ家族で行ったキャンプ場の景色は、こことはまるで異なっていて空気も美味しく、木漏れ日が輝いていて美しかった。

 いや、都会とか田舎とかそういうのは言い訳で、単純にこの日常から抜け出したいだけなのかもしれないと瑞己は思った。

 ショッピングモールの中に入っているフードコートで夕食を済ませる。混雑していたが涼しくて快適だった。帰りにもう一枚貰ったプリントを机に広げる。

      『進路希望調査』

 角ばったフォントと空白だけのこの紙が、鉛のように重く思える。瑞己はこれから一ヶ月弱、毎日これに悩まされるのだろう。

 数日前、将来についてクラスメートと話し合う授業を行った。レポートの提出の際、後ろの席から教室を見渡しても一人だけ手が動かなかったのは瑞己だけだった。

 将来のことなんて決められるはずがない。明日の輪郭さえ、曖昧なのだから。

 シャーペンの先を机にコツコツぶつけながら時間をもて余し、時計に目をやるともう六時を回っていた。豚骨スープに浮いた油が分離して固まっている。お盆を店のカウンターに返却しその場を後にした。