私は高田美智子、52歳。専業主婦だ。
3つ上の夫、26歳の息子がいる。

息子は自立して別の所に住んでいる。
私は、今、夫と2人で暮らしている。

今年で結婚生活、27年。夫は、私を
女として見てくれない。レスになってから
4年くらい経つだろうか。

私は、結婚してから、20キロは太った。
運動は、苦手で食べることが好きなのだ。
自分の見た目にお金をかけない主義だ。
髪型は、ショートヘアで、化粧は、全く
しない。服にも興味がない。

2年ぐらい前だろうか、1度、自分から
夫に迫ったことがあった。その時、夫に
言われた言葉が衝撃的だった。「お前みたい
な豚、誰が抱くかよ。」

ひどい。私は、ショックを受けた。そして
どうでもよくなった私は完全に女を捨てた。

ある日、スーパーで買い物をしていた。
やつれたおばさんが鏡に映っていた。
「何、あのおばさん。髪はボサボサで化粧っけ
もない、しかも緊張感のない体。あんな風には、なりたくないわ。」

それは、鏡に映った自分の姿だった。

私は我に返った。このままじゃいけない。

家に帰ってチラシをチェックしている時だった。
スイミングエクササイズと書かれたチラシを見つけた。泳げなくても大丈夫。水の抵抗と浮力を活用したプログラムで、あなたの体をシェイプアップと書かれてあった。チラシには、スリムなキレイな女性の姿。私も頑張れば、こんな風に。

次の日の朝、私は、スイミングスクールに電話をした。2日後に体験教室があると教えてもらい、予約を入れた。

水着と水泳帽がいると聞き、家にある何十年前かに着ていた水着を出してきた。裸になり、Lサイズの水着を着てみた。小さい。きつい。何、これ。入らない。仕方がないので、スポーツ店に買いに行った。LLサイズで、ちょうどよかった。鏡に映った自分は、醜かった。痩せないと。

2日後、私は、スイミングスクールに向かった。
受付を済ませ、体験教室に向かった。
いろんな年代の人が集まっていた。
私は、まだ若いほうだった。

コーチが出てきた。20代後半から30代前半くらいだろうか。短髪で浅黒い肌に大きな目、体は筋肉質で、お腹は腹筋が割れている。白い歯が眩しい好青年と言ったところだ。

自己紹介が始まった。「佐藤圭太です。こないだ誕生日が来て、30歳になりました。子供の時から水泳をやってました。皆さんに楽しんでいただけるよう頑張ります。わからないことがあったら、気軽に声をかけてくださいね。」そう言うと彼は、にっこり微笑んだ。

私に電流が走った。カッコいい。私、痩せて、このコーチに褒めてもらいたい。

彼は、優しかった。笑顔で丁寧に教えてくれる。

私は、体験教室を済ませると本コースの申し込みをした。週に2回の午前中のクラスにした。

私は、次の日、美容院に行った。白髪がチラチラと生えていたので、髪全体を少し明るい茶色に染めてもらった。伸びた髪を切ってもらって、量もすいてもらった。眉毛もカットしてもらった。
少し小綺麗になったかも。

帰りにドラックストアに行き、ファンデーション、アイシャドウ、チーク、口紅を買った。

帰って、何年かぶりに、お化粧をしてみた。
お化粧をすると血色がよくなり、なんだか
キレイになった気がした。

夜、会社から帰ってきた旦那が、私に向かって、「なんか雰囲気変わったな。」と声をかけてきた。髪型と、お化粧だけでも変わるんだ。痩せたら、旦那も私を女として見てくれるかも。

私は、週2回のスイミングスクール通いが楽しみになっていた。佐藤コーチに会えるのが楽しみなのだ。息子と、たいして年が変わらない男の人に、ときめくとか、私は、おかしいのかもしれない。

通ってるうちに体重が少しずつ減ってきた。
私は、やりがいを感じていた。気のせいかも
しれないけど、佐藤コーチと、前より目がよく
合うようになってきた。もしかして、彼、私の
こと、気になってるのかも。まさかね。

レッスンが終わり着替えて、スイミングスクールの駐輪場で自転車に鍵をさしているところで、誰かが声をかけてきた。

「高田さーーーん!」佐藤コーチだ。彼はニコニコして、かけ寄ってきた。

私は会釈をし、「今日もお世話になりました。
最近、体重が減ってきたんです。前履いてたズボンがゆるゆるになってきて、こないだ、新しいズボンを買いに行ったんですよ。」と嬉しそうに言った後、我に返った。何、はしゃいでんだろう、あたし。

彼にしてみれば、ただの生徒じゃないか。
はしゃいじゃって、ばっかみたい。
私は、「また、来週よろしくお願いします。」
と言って立ち去ろうとした。

すると彼が、こう言った。「高田さん、この後、お時間ありますか?一緒に、お食事でも、どうですか?」

私は、一瞬驚いた。この人は何を言ってるのと。
「えっ、あたしと食事?あたしなんか誘わなくても、若い生徒さん他にいるじゃないですか。おばさんをからかわないでくださいよ。」私は、笑って言った。

すると彼は困ったような顔をして「俺が、高田さんを食事に誘ったら変ですか?」と言ってきた。

「変ですよ。下手したら、あたしの息子でも、おかしくない年ですよ。」私は、笑って言った。

すると彼は真剣な顔で「俺、高田さんを始めて見た時から、高田さんのことが好きなんです。一目惚れってやつです。」と言った。

私は言った。「もう、冗談やめてください。おばさんをからかうもんじゃないですよ。」と言って自転車を動かそうとした時、彼が強く言ってきた。

「俺じゃダメですか?男として見れませんか?
無理ならハッキリ言ってください。諦めますから。」彼は真剣な、面持ちで言った。

「本気で言ってるの?私、52歳ですよ。あなたとは、22も違うのに。」私は複雑な気持ちだった。

「年齢なんて、関係ありません。俺は、美智子さんを女性として好きなんです。」

彼に、そう言われて、私はドキドキした。
本気で受け取っていいの?やっぱり、からかってるの?わからなかった。もし、からかわれていたとしても、こんな若くて素敵な男性が、私に告白しているのだ。この際、騙されてもいい。

私は意を決して言った。「私も佐藤コーチを初めて見た時から好きでした。」

彼は、うれしそうに言った。「もしかして、両思いですか?」私は、それを聞いて、思いっきり、笑ってしまった。少女漫画みたい言葉。両思い、いい響き。

「あんまり近くだと、知ってる人に見られるかもしれないので、離れたところに行きませんか?」
彼が言った。

「じゃあ、1度、家に帰って着替えて、別の所で待ち合わせしましょう。30分後に、駅前で。」と私は、言った。

私は、家の最寄り駅を指定した。化粧をして
いつもより小綺麗にして、何十年かぶりにスカートを履いて、最寄り駅で待っていた。

すると、彼が私を見つけて、駆け寄ってきた。「美智子さーーーん!」

「車、すぐ、そこに停めてるんです。おいしい
イタリアンのオススメの店があるんで、そこ行きましょうよ。」彼は、助手席のドアを開けてくれた。

なんて紳士なの。こんな女性扱いされるの何十年ぶり。私は、ドキドキしていた。

「ここですよ。」イタリアンのお店に着いた。
小さいけど雰囲気のある素敵な、お店だ。
「ここのパスタおいしいんですよ。」

彼のおすすめのカニのトマトのパスタを食べた。

「おいしい。」あたしは、思わず笑顔で言った。

「おいしそうに食べる人、俺好きなんです。」
彼は、私を見てニコニコしている。
なんて、優しいの。見れば見るほど、イケメンだし。夢でも、見てるみたいだ。

その後、彼と何度かデートをした。彼は、とても紳士的で優しい。3回目のデートの帰り道、キスをした。4回目のデートで体の関係を持った。

彼とデートをしている時は、夢の中にいるようだった。

そんな関係にも終わりが来た。私に孫が出来たのだ。息子が以前から同棲している彼女が妊娠したのだ。私は、目が覚めた。私は、おばあちゃんになるのだ。息子と年が変わらない男の人と付き合ってる場合では、ないと。私から、別れを告げた。スイミングスクールも辞めた。

それから数ヶ月後、孫が生まれた。息子は彼女の妊娠が、わかってすぐ籍を入れた。お嫁さんの実家は、遠いので、私は、よく孫の面倒を見に息子の家に通っている。孫は、かわいい。私は、いいおばあちゃんになろう。恋なんて、もういらない。