「社長、よくやえちゃんのこと口説き落としたわねぇ」

「くっ、くどくっ……!」

「そうですね。やえは天然なので、難攻不落でした」

「ちょっと……あのっ……」

なんだかだんだんと恥ずかしくなってきた。
だけど下手なことは言えないので私はぐぬぬと黙る。

とりあえず話題を戻すため私は婚姻届を差し出す。

「えっと、それで敦子さん、証人欄書いてもらえますか?」

「もちろんよ。でも私なんかでいいの? ご両親は?」

「はい。敦子さんは私のお母さんみたいな存在なんです。だから敦子さんに書いてもらいたいなぁって。実は私、両親を亡くしていて」

「やえちゃん……」

突然敦子さんの目からぽたりと涙が落ちた。

「敦子さん?」

「ごめんね、嬉しいのよ。私だってやえちゃんのこと娘みたいに思ってるもの。だからあなたが結婚することがとても嬉しいのよ」

とても優しい笑みの敦子さんはまるで本当のお母さんみたいで。もしもお母さんが生きていたら同じように喜んでくれたのかなって考えると胸が熱くなる。

敦子さんは証人欄にきれいな字で名前を書いてくれた。

どんどん完成に近づく婚姻届。
嬉しさと緊張と不安と。
そしてほんの少しの罪悪感。

「田辺さんたち泣いちゃうと思うわ。みんなやえちゃんのこと大好きだから。社長、夜道、刺されないように気をつけてね」

「それは……ありえますね」

智光さんは敦子さんの冗談に柔らかく微笑んだ。