退院した私は叔父さん叔母さんの家に戻ることなく、そのまま社長の住むマンションへ連れて行かれた。

あの日社長に泣きついた以降の記憶はなくて私が社長に何を訴えたのかまったくわからないけれど、自宅に戻らされないところをみると大方喋ってしまったのかもしれない。私があの家でどんな扱いを受けていたかを。

「狭くて申し訳ないが、新居が決まるまではここで一緒に暮らそう」

そう一部屋与えられたけれど、狭いなんてとんでもない。広すぎて落ちつかないし、なおも新居を探すと言うのだから焦る。

「社長、ここで十分広いですし、わざわざ新居を探さなくてもいいのでは?」

「ダメだ。ここはセキュリティが甘いからな。こんなところに長居は無用だ」

「でも……」

「ああ、それと」

社長はゆっくりと視線をこちらによこす。

「結婚するのだから家では名前で呼ぶこと」

「あ……は、はい」

名前……。名前って、あれよね。智光さんって呼ばなきゃいけないってことだよね?

内心焦っていると「わかったな、やえ」と名前を呼ばれて体の奥がぎゅんと震えた。

社長の低くて落ち着いた声はゆっくりと体に浸透していく。まるで精神安定剤かのように私を包み込んで胸がいっぱいになった。

叔母さんに名前を呼ばれるのとは比べものにならないくらい嬉しい。

「ふふふ」

「どうした?」

「もう一度、名前で呼んでください」

「やえ」

ほら、やっぱり。
社長に名前で呼ばれると嬉しくてたまらない。
こんなに胸があたたかい。

「ふふっ、嬉しいです。自分の名前を好きになれそう」

「そうか、それはよかった。俺もそんな気持ちになりたいから名前で呼んでくれ」

「……智光さん」

「うん、いい感じだ」

目尻をクッと下げて微笑んでくれる智光さんが眩しすぎて、トクトクと鼓動が速くなる。
どうしよう、すごく嬉しくて幸せ。