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俺はずっと考えていた。

幸山さんは何を抱えているのだろうか、と。
俺の思い過ごしならそれでいい。

会社にいるときの幸山さんはよく笑う。
花が揺れるように可憐に笑い、幸山さんのまわりはいつも幸せそうな空気に包まれている。

彼女は所属するソリューショングループで営業事務をしていて、皆から「やえちゃん」と親しげに呼ばれている。

何も悩みなんてなさそうな、誰彼もを癒し尽くしてしまいそうなほどの雰囲気を持っている幸山さんが、今日は酷く落ち込んでいるように見えた。

「……桜が散ってしまってなんだかもの悲しくなっただけです。お花見のときはあんなに咲いていたのに、今はもうだいぶ散ってしまったから。あっけないものですね」

桜のように見る者を惹きつける彼女が、桜をあっけないと言う。

そんな考えがらしくない気がして、俺は柄でも無く彼女を誘った。

ただ、綺麗な桜を見てほしくて。

「桜は散ってもなお、人を惹きつける。そうは思わないか?」

そう、まるで君のように。
なんて言葉は口には出さないけれど。

川面いっぱいの桜の花びらを見た幸山さんは、案の定目を輝かせた。

「うわぁ、すごく綺麗!」

喜んでもらえてよかった、そう思った瞬間、俺はハッと息をのむ。
幸山さんの瞳がゆらりと弧を描いたからだ。

その雫はまるで桜の花びらのようにはらはらと落ちていき、地面を濡らした。