バスで10分という近い場所に、勤め先の会社、久賀産業がある。
高校卒業後からお世話になっていて、今年で七年目だ。

小さな町工場だったのを、五年前に就任した社長の久賀智光さんが工場も事務所も建て替えて一新した。

就任当時の社長は二十五歳とまだ若く、古参の社員さんからの反発もあったという。たくさんの苦労を重ねながらも順調に会社を大きくしていき、そこから大きく業績を伸ばして今やメディアに取り上げられるほど有名で大きな会社になった。

けれど社長は決しておごらず、未だ現場にも顔を出して一般社員と同様にバリバリ働いている。年商のわりに慎ましやかな社長は社員からの信頼も厚く、私たちも見習いながら仕事に励む日々だ。

「おはよう、やえちゃん」

「おはようございます、敦子さん」

「今日も早いわねぇ」

私は曖昧に微笑んで返事代わりにした。
早いのはなるべくあの家に居たくないからだけど、複雑な家の事情を話したくないというのもある。

敦子さんはベテランパートさんで、私が入社するより前から働いていて頼りになるお母さんみたいな存在だ。

だからこそ、敦子さんには私の家庭環境を話したくない。きっと自分のことのように親身になってくれるから。
それくらい、敦子さんは優しい人なのだ。