社長は会社を出る。
どこに行くのだろうと不思議に思っていると、時おりこちらを振り返り歩を緩めてくれる。

私の歩幅に合わせてくれている……?

小走りで近づけば「歩くのが速かったか?」と、これまた気遣われ、胸の奥がきゅうっと悲鳴を上げた。

社長だけが優しいのか、はたまた世の中の人は皆こんな風に優しいのかわからないけれど、叔父さん叔母さんから文句しか言われない私にとってみたら神様みたいに神々しく見える。

会社すぐ横を流れる小さな川べりまで来ると、社長は橋の上から川を覗き込んだ。

「桜は散ってもなお、人を惹きつける。そうは思わないか?」

社長の視線の先を辿って私も橋の下を覗き込む。
川面いっぱいに桜の花びらが埋め尽くし、淡いピンク色の絨毯のように長く広がっていた。

「うわぁ、すごく綺麗!」

カモが一匹、その中をスイスイと泳ぐ。
幻想的な風景に目がはなせなくなった。

世の中にはこんなにも綺麗な世界があって、こんなにも心安らげる人がいるのに、どうして私はこんなにも惨めなんだろう。

無意識に比較してしまう。

家にいるときと会社にいるときの自分。
会社にいるときが幸せすぎて帰りたくなくなる。
ここが自分の家だったらいいのに。

桜をこんな風に綺麗に見ることができる社長を羨ましく思い、私も社長と同じ世界、同じ目線で物事を見られたらどんなに幸せなのだろう。
ああ、胸が苦しい。