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胸のアザは単純性血管腫といって、生まれつきできていたものだ。範囲が広く、両親は心配していくつも病院で診てもらったらしい。

けれど結果は一緒で、放っておいても問題のないものだった。現に俺は痛がったり痒がったりもせず、ただアザがあるというだけですくすくと育った。

レーザー治療することも考えたらしいが、何度も通わなくてはいけないことと俺が嫌がったことで断念したらしい、とは大きくなってから聞かされた。

別にそれで不自由することもないし、友達に揶揄われたりすることもない。普段は服に隠れて見えないし、何も問題なく過ごしてきた。

それが気になったのは初めての彼女と良い雰囲気になったときのこと。

俺の姿を見てギョッとなった顔は今でも忘れられない。

そのときに初めて、ああ、こういうのが苦手な人もいるんだなと漠然と感じた。

「ごめん、気持ち悪いかな?」

「そ、そんなことないよ。大丈夫」

必死に取り繕ってくれた引き攣った笑顔。
なんだかすっと熱が冷めるような感覚。

だけどそのときはそんな違和感だけで、きっと慣れてくれるだろうとか、彼女なら受け入れてくれるだろうなんて、甘く考えていた。

何度か肌を重ねたけれど、彼女との違和感はどんどん大きくなっていき、やがて俺はフラれることとなる。きっかけは、俺が会社を辞めて実家の町工場を継ぐと言ったときだった。

「嘘、ちょっと待って。あなた本気なの?」

「ああ、本気だ。父も倒れて今後どうなるかわからないし、たくさんの従業員を路頭に迷わせるわけにはいかないからな」

「別に智光が継がなくたって、他の人がいるでしょう? それに大企業を辞めるなんてキャリアを捨てると一緒よ」

「大企業じゃなくたってキャリアは積める。それに父の会社はいい人が多いんだ」

「いい人が多いって……それで会社を辞めるだなんておかしいわよ」

終始反対する彼女に辟易してきた頃、ひときわ大きくため息をついた彼女は突然「バッカじゃないの?」と眉をつり上げた。

「もう智光にはついていけない。ちょうどいい機会よ、別れましょう」

「……なぜそうなる」

「なぜって、キャリアを捨てるのよ。町工場だなんて、いつ潰れるかもわからないじゃない。そんな不安定な仕事、私は嫌」

「潰さないために継ぐんだ。それに俺はあの人たちと仕事をしたいと思ったから――」

「そういうのが嫌だって言ってるのよ。自ら安定を捨てるなんてありえないわ」

バッサリ切り捨てる彼女にイラ立ちが隠せない。町工場を馬鹿にして、あの人たちを下に見て、そういう高飛車なところが心底嫌になった。

だが俺が言葉を発する前に彼女の口が速く動く。

「この際だから言うけど、あなたの体、気持ち悪いのよね。ずっと別れたいと思ってたの」

「なっ――」

言い返せなかった。
それほどまでに衝撃を受けてしまったからだ。

今まで誰かにアザを気持ち悪いと言われたことはなかった。両親は幼い頃は心配してくれていたそうだが、俺が気にしないために普段は何も言わない人たちだったし、友達からも指摘されたことはない。

もしかしたら皆俺に気をつかって言わなかっただけなのだろうか。
本当は皆気持ち悪いと思っているのだろうか。

考えれば考えるほど深みにはまる。
この先誰かとまた恋愛をしてこの体を見られたとき、受け入れてくれる保障はどこにもない。

このとき初めて、自分の体が普通ではないことを実感した。彼女と別れることにショックはなかったが、彼女の言葉は残酷なほどに俺の心に爪痕を残した。