早くやえを過去のしがらみから解放してやりたかった。会社で見せてくれるような心からの笑顔を、プライベートでも引き出したかった。やえが今まで受けてきた苦しみを少しでも取り除いてやりたかった。やえが生き生きと輝ける生活を作ってやりたかった。

それを口実に、ずっと好きだったやえを手元に置いた――。

「俺はあさましい気持ちから結婚したんです。だから責められることはあっても、お礼を言われることはありません」

本当に、そうなのだ。自分の気持ちを優先して、小賢しい真似をした。この二人がやえの両親だというのならば、俺を責めてほしい。怒ってほしい。

ただ、やえを手元に置いたと言いつつ、ほんの少しの罪悪感は持っていた。だから、やえがしがらみから解放されて何も懸念事項がなくなれば、やえの希望はきく。どんなことでも受け入れようと思っている。離婚したいと言えば、応じるつもりでいる。

「智光くん、やえのこと愛してくれてありがとう。これからもよろしくお願いします」

「……やえさんのことは愛しています。だけどやえさんが今後どうしたいかは、やえさんが決めたらいいと思っています」

ご両親に、正直に伝えた。
二人は微笑んでいた。
何も言わない、ただ慈愛に満ちた表情でこちらを見ている。なにかを見透かされているような、そんな気さえする。

間違ったことは言っていない。
だけどドクンと心臓が脈打つ。

これは俺の本心だ。
……本当に?
……それでいいのか?

「君はやえと似ているね。とても優しい。でもそれが仇となることもある」

「それはどういう……」

ふぁさっと風が吹いた。目の前に桜が舞う。なぜか今まで鮮明に見えていたやえの両親が霞んで見えた。

「智光くん、やえの気持ち、聞いてあげてね」

「はい、それはもちろんです」

聞こえてくる声に返事をする。けれどどんどんと霞んでゆくのか距離が遠くなるのか、自分では抗えない力で引き離されていく。

「君たち、幸せになれよ」

最後に聞こえた声を境にもう両親の姿は見えなくて、そして俺の意識もモヤがかかったようにぼんやりとした。そのまま何かを考えることなく、ぷっつりと途絶えた。