長くて細い指先がその力強い音楽を奏でているのを知ったあの日から、私はいつだってその指先を眺めていた。

彼の指先は思ったより骨ばっていて大きいのに、威圧感は感じない。
指先は撫でる様に鍵盤を走らせて、音の粒雨音のように優しく耳に響いた。

私は彼が月曜日だけ音楽室に弾きに来ることを知っている。それも放課後の下校時刻三十分前だ。
彼はたまに乱暴にピアノに向き合う時もあり、それは音が乱れてどうしようもなく心配になることがある。

彼はピアノと感情を共有しているのだと感じている。そしてその感情に揺さぶられる自分がいる。楽しいとき、悲しいとき、怒っているとき、彼の小さな感情の粒が鍵盤に叩きつけられその衝撃が私を同じ感情にさせるのだ。

けれど、彼は私のことを知らない。一度も同じクラスになったことのない、話したこともなく、目立つこともないクラスメイトのことなんて一切知らないのだろう。たまにひっそりと、心が痛むが諦めている。私はその感情をのぞき見することしかできないストーカー女なのだから。