四鬼さんは窓辺の椅子に座り、わたしは病室の片隅で突っ立っている。会話での意思疎通をしたがらないポジション取りだ。

「美雪の言葉を引用するなら騙して利用すればいい」

「そんな真似できるはずない!」

「なんでさ?」

「え、なんでって、それは……」

 ゆっくり立ち上がる四鬼さん。次にわたしと目が合うと赤い瞳を輝かせ、全身から甘い香りを漂わす。

「夏目君さ、血を与えるのに何の躊躇もしなかったんだ。
鬼になるかもしれないよ、サッカー選手の夢を諦めなきゃいけないと説明したのに、自分は鬼なんかならないし、君が助かるならいいって答えた」

 歩きながら喋り、わたしを壁へ押し付ける。探る風に見上げると四鬼さんは目を細めて頷く。

「あんな潔い男ならば桜子ちゃんが好きになってもしょうがない。けどね彼は人間だ。鬼として生きる道を選ぶかもしれないが、今の技術では失敗なく鬼にする事ができないんだ。つまり、君と共にあり続けれるのはーー僕」

 そ縋るみたいに抱き締められる。

「僕には君しかいない」

 前に四鬼さんはわたしの良き理解者となれると言っていた。これはわたしが一族と出会うまで自分が異質な存在であると悩み、孤独であったのを指すと思っていたが、少し違うかもしれない。

【容姿端麗、頭脳明晰、四鬼家の御曹司。あの方は人から見れば大変恵まれているでしょうが、実際は孤独で寂しいのです。当主を始めとし、母親や数多の女性も本当の彼を愛してはくれなかった】

 柊先生の言う【本当の彼】から流れ込む感情は、わたしよりも深くて重い孤独と寂しさ。
 わたしは四鬼さんの襟足に触れ、背中へ手を回す。

「待たせて、ごめんなさい」

 自然と口をつく言葉に、四鬼さんはいっそ強く抱き締めてくれた。