来た道を戻り部屋に帰ると先生の姿はもう無かった。その代わり、軽食と飲み物が用意してある。

「……柊の奴、分かっていて桜子ちゃんを屋上に寄越したな」

 舌打ちし、ペットボトルの水を口にする四鬼さん。月明かりが彼の喉元を浮かび上がらせ、わたしは目をそらす。

「美雪が意地悪を言ってごめんね」

 椅子に腰掛け、わたしにも水を勧めてくれたが首を横に振った。

「いえ、美雪さんが言う通りなので。あ、電気つけますね」

「付けないで。この薄暗さがいい」

 緊迫した言い方にスイッチへ伸ばしかけた仕草を止める。

「酷い男だと思ったよね? あんなに慕ってくれる相手にさ」

 ごくごく音をさせ水を煽り、それから両肩をだらりと垂らして呼吸をしていた。四鬼さんにも美雪さんと同等のダメージが伺われる。

「美雪さんの為だと考えて、言ったんですよね?」

「言っているうち、自分が言われている気分になった。桜子ちゃんとの約束された結婚は仮初であり、契約だってね。夏目君の件は本当にすまなかった」

「当主に土下座してくれたって聞きました」

「君が助かるなら何でもする。土下座なんて何でもない。それで体調はどう? 大丈夫? 叩いたりしてごめん、痛かったよね?」

 自分の身が大変だろうに、わたしの体調を気遣う。涙ボクロが印象的な優しい眼差しを注がれ、こちらが泣きなくなってしまう。

「わたしこそ、ごめんなさい。涼くんの血を使ったって聞いたら、またカッとなってしまいました」

「泣かないで、ほらこっちにおいで? 慰めてあげる」

 手招きし、もう片方で膝の上を叩く。

「四鬼さんの方が傷付いているのに、慰めて貰えません。大丈夫です」

 甘い誘惑を踏ん張って耐える。

「美雪が言った事を気にしてる?」

「気にしてるというか、正論です。わたしは優しさに甘えてばかりで、四鬼さんを傷付けてばかり」