深夜の病院は静まり返り、怖い。先生に教えられた道標を辿って階段を上がる。結構な段数だが息切れはせず視野も良好。これは涼くんの血と鬼姫の力だろう。

「ーーっ!」

 屋上に近づくにつれ声が聞こえてきた。視野だけでなく聴力も研ぎ澄まされており、わたしの身体が鬼になっているのを感じる。

 ドアの前で立ち止まり、様子を伺う。

「いい加減、目を覚まして! 鬼姫なんて居なくても千秋は千秋じゃない!」

 美雪さんの声だ。なんで此処に居るのだろう? 泣きながら訴える様子にわたしは怯む。ドアを開けられなくなった。

「あの女は千秋だけを愛してくれない。他の男に目を向けて、千秋を大事にしてくれない。利用されてるの、騙されてるの! あの女が運命の相手なんておかしいよ」

 美雪さんの主張は胸に刺さり、抉られる。騙す気はないものの、四鬼さんの好意を利用していないかと言われれば否定しきれない。

「僕は利用されようと騙されようといいんだ」

「な、何言ってるの?」

 これは美雪さんと同意見だ。

「桜子ちゃんが夏目君を好きでも構わない。その気持ちを無理やり自分に向けさせたって意味ないからね。というか、夏目君は僕が考えるよりずっと良い男だったな」

 四鬼さんの言葉に泣いてしまいそうになる。

「美雪の気持ちは受け止められない。僕はそれでも桜子ちゃんが好きだ」

「バカじゃないの? 惨めな思いさせられてまだ好きなんて!」

「それは美雪だって同じ。情けない僕の事なんか、もう忘れなよ。美雪にはもっといい相手がいる」

「諦めない! あたしは千秋が好き。誰よりも千秋が好き。情けなくいバカでも好きでいつあげる。あの女にひと事、言ってやるんだから!」

 そのタイミングでわたしはドアを開けた。