事情を詳しく伝えていないのにも関わらず、涼くんは走り始めた。
 助けに来てくれると分かり嬉しいが、鬼が涼くんの到着を待ってくれるはずもなく。

「ぐぐぐ、うううっ」

 床を振動させるような呻きは人間の発するものとは思えない。鞄を投げ付け時間稼ぎを試みる。しかし余裕で避けられてしまい、鬼は舌舐めずり。

 ついに背中が玄関ドアへ突き当たる。

 迫りくる恐怖から視線を外してはいけない、目を反らせばやられてしまうと本能で分かった。
 なんとかドア伝いに立ち上がり、鍵を静かに開ける。それから靴箱の上に置いた花瓶へ慎重に手を伸ばす。

 どくんどくん、自分の鼓動が緊張を煽る。

(今だ!)

 鬼が飛び上がった時、思い切り花瓶を倒す。
 ところが鬼は吹き抜けの天井すれすれ辺りまで舞い、花瓶の直撃を免れる。獲物を捕獲すべきと見開き、こちらめがけ落下してきた。
 わたしはドアを開け、すぐ閉める。

「桜子! 大丈夫か!」

「涼くん!」

 外に出ると涼くんがちょうど駆けつけてくれた。続いて、鬼が勢いのままドアへ衝突する音が響く。