帰りなさい、先生はもう一度伝えた。

 美雪と呼ばれる少女とはバス停で会ったことがあり、柊先生の妹らしい。わたしにしたら奇妙な偶然でも向こうは違う様子だ。先生越しに鋭い視線を送られる。

「その子が花嫁だなんて納得出来ない! お兄ちゃんだってあたしが千秋の為にどれだけ努力してたか知ってるよね? 辛い花嫁修行も頑張った。いきなり婚約破棄されるなんてひどいじゃない!」

「気持ちは分かるよ。でもな……」

「全然分かってないよ! 誰も好きにならないお兄ちゃんにあたしの気持ちは分かるはずない!」

 美雪さんの憤った声に先生は拳を握り、悔しそうだ。

 ドアマンが美雪さんを場から離そうと動けば癇癪と共に振り払われてしまった。パシンッと乾いた音が響く。

「乱暴はよしなさい! ワガママ言うのなら警備員を呼ぶぞ。いいから早く帰りなさい」

「ひっくーー」

 ついに美雪さんは泣いてしまう。しかし先生の態度は硬化したまま、引き続き追い払おうとする。

「いい子だから帰りなさい。私が送っていくから」

「……浅見さんって言ったかしら? 千秋が好き? 四鬼のお金や権威が目的じゃなくて? 千秋をちゃんと好きなの?」

 美雪さんは先生を無視し、わたしに詰め寄ってきた。

「やめるんだ、美雪!」

「あたしは千秋が好き! 本当に好き! 千秋のお嫁さんになるのが夢なの! 千秋を返して!」

「いい加減にしなさい!」

「嫌よ! 離して! お兄ちゃんまでこの子の味方をする訳?」

 先生は強制的に連れ出そうとする。羽交い締めにされた美雪さんの悲痛な叫びが先生の表情を曇らせた。

「あなたは千秋に相応しくない! あたしの方が千秋をずっと好きで、大切にしてる! あなたなんかに渡さない!」

 美雪さんは目に涙を一杯溜め、睨みつけてくる。