シートベルトを外して先生がこちらへ身を乗り出す。髪を一房手に取り、毛先を指に絡める。
 カチコチ、先生の腕時計とわたしの緊張が重なった。

「一族の決まりで言えば、私もあなたを花嫁にできるのです。あなたが千秋様を選べば泣く者も少なくない。私を選ぶと誰も傷付かないし夏目君と関係してもいいですよ。如何でしょう?」

「何を言ってるんですか?」

 如何もなにも意味不明だ。急接近に身を捩った。けれど顎を掴まれて戻される。

「取引条件を申し上げているんです」

 笑みを貼り付けた美しい顔から目が反らせず、息を呑む。感情が凪いで読み取れない瞳が細められる。

「せ、先生、やめて」

 ほぼ吐息の困惑が吐き出された。一体何を取引するのか検討がつかないが、間違いなくわたしに不利な条件な気がする。

「ふふ、先生、か。この状況で呼ばれるといけない真似をしているみたいだ。はい、やめましょう」

 これで諦めたかと思いきや、言葉は続く。

「頭の片隅に今の選択肢を入れておいて欲しいのです。私などにあなたを愛する資格はありません。しかしながら花嫁にする権利を持っていると。私ならば逃げ道を作って差し上げる事が出来ます」

 補足されても意図は掴めない。しかし先生は伝えて満足したらしく、運転を再開する。

 ほどなくして四鬼さんが待つお屋敷に着いたのだった。