『なんでこの名前にしたんですか?』
『“シャーレンフロイデ”っていう響きが気に入ったんだ。ドイツ語はあんまり得意じゃないんだけどね、日本人でも言いやすいでしょ?“シャーデンフロイデ”って。それに、生きていれば誰だって“ざまあみろ”って思うときがあるんじゃないかな。ボクはしょっちゅう思ってるかも。死んだ父親に対しては特に』

両親が殺された真珠もだけど、飛鳥さんは彼女以上に壮絶な子ども時代を過ごした。
家庭内暴力をふるう(虐待する)父親を、ある日母親が子ども(飛鳥さん)の目の前で殺したのだ。
当然、母親には正当防衛が認められた。
けれど母親は、たとえそれが正当防衛でも「子どもの父親を殺した事実」から徐々に罪の意識にさいなまれ、そのうち生きる気力よりも「これから先、子どもを育てる自信と気力」を完全に喪失してしまい、結局自ら命を絶ってしまった。

こんな形で両親を亡くした飛鳥さんを、「私たちで育てます!」と真っ先に名乗りを上げたのは、母親側の身内である界人のお父さんだけだった。
「というより、最初は母さんのほうが熱心に飛鳥兄ちゃんを引き取りたがってた」と、界人が話してくれた。
もちろん、界人のお父さんも飛鳥さんを引き取って育てることに異議は全くなかったそうだ。
それに飛鳥さんのフランス人の父親側の親族は、誰も飛鳥さんを引き取りたがらなかったどころか、飛鳥さんのことを「悪魔の子」呼ばわりし、厄介払いをしたがってたそうだから、ひどい話が現実にならなくて本当に良かった。

でも万が一、飛鳥さんが父親側の親族に引き取られることになったら、「そんなことは絶対させん!あんなクソ野郎どもに姉の大事な忘れ形見を託せられるか!」と界人のお父さんは言いきったそうだから、そんなひどい話が現実になるわけがないのだ。

界人のお父さんは、遠く離れた外国で暮らしていた姉と、その子どもが虐待されていたことや、相手を殺すくらいまで追い詰められていた現状を知らなかったこと、そしてこんな形で姉を失ったことを、とても悲しみ、悔いていたのだろう。

せめてまだ生きている姉の子どもには、今後これ以上辛い思いをさせない。
悲しい思いを背負わせない。
そしてこれからは、姉に変わって私たちが愛と安心して過ごせる居場所――ホームーーをこの子に与え続けよう。

こうして飛鳥さんは、魁家に養子として迎えられて、フランスから日本で暮らし始めたのだった。飛鳥さん14歳、界人が9歳のときのことだ。

壮絶な体験を経て心に深い傷を負っていた飛鳥さんは、ただ生き延びただけでなく、「全うに」生き続けて「愛する人たち」と「幸せ」と「自分の人生」を自分の力で得ることができた、見た目以上にタフで強い人だ。
虐待を受けて育った飛鳥さんにとって、今こうして健全に生きている姿勢こそが、父親に対する最大の復讐――「ざまあみろ」――なのだろう。

ざまあみろ!ボクはあんたの影に怯えることなく、あんたの思い描いたとおりになることもなく、全うに生きてるぞ!