あのとき私が感じた僅かな違和感って、一体何だったんだろう。
綿貫さんの何に対して「あれ?」って思ったのかな。
要するに、「いつもの綿貫さんらしくない」と思ったから、「あれ?」って違和感を感じたんだよね、私は。

「“いつもの綿貫さんらしくない“ってことは、”優しくない“・・違う。”不親切“・・も違う。”温厚“、じゃない・・・・・・」「雅希」
「・・あ。ごめん。でも綿貫さんのことが気になる」
「なんでおまえがそこまで気にする」
「綿貫さんと正面衝突したときに感じた違和感。あれは“苛立ち”とか“怒り”だったのかもしれない。少なくともあのとき綿貫さんは“温厚”じゃなかった。ほんの僅かで一瞬だったけど、心が“乱れてた”。なんていうか、“イライラ・モヤモヤ・ムカムカ”してる感じ。でもそのとき私も、知らない人からフルネーム呼ばれたり、“感じ悪い”とか言われてイライラ・ムカムカしてたから気づかなかった・・」
「つまり、それは雅希自身の“イライラ”だと思ってたから、綿貫さんの感情を受け取ってたことに“すぐ気づくことができなかった”ことを、おまえは気にしてんのか?」
「そうだよ!だってもし私がそのときに気づいてたら、そのときすぐに“どうしたんですか?”って一言声をかけてたら、もしかしたら綿貫さんは退学しなかったんじゃ・・・」
「さあな。そうかもしれねえし、それでも綿貫さんは学園辞めてたかもしれね。実際起こんなかったから分かんねえじゃん」
「そーそー。“現実として起こること”は、“自分が選んだ可能性”から作られてるって原理、まーは忘れてね?要するに、“仮定の現実”からは“仮定の未来を予測すること”くらいしかできねえってことっしょ?」
「うん・・・そうだね」

忍の言うとおりだ。
「もしこうしていれば」という仮定からは、「こうなっていた“かもしれない”」という仮定の結果を予測することしかできない。