「気分悪くなった?」と私に優しく聞く界人の低い声が、私に少しずつ落ち着きを取り戻してくれるけど、まだしゃべりたくない。
だから私は、「ううん」と言う代わりに、界人の胸板に顔を埋めたまま、顔を小さく左右に振って否定した。

「なんか怖いもんでも見たのか?」という界人の問いかけにも顔を左右に振って否定したけど、「じゃあ嫌な目に遭ったのか。おまえ震えてるじゃん」と言った界人の声は、さっきよりもさらに声が低く、そして硬くなった気がする。
それにさっきよりも優しさが減った分、怒りの感情が少し加わってるようだ。
けど私が界人の怒気を受け取ってしまって気分が悪くならなかったのは、その直前に受けたばかりの心理的なショックのほうが大きかったことと、界人は私に対して怒っているんじゃないことが分かってるからだ。

でも、その問いかけに対しても、私が顔を左右に振って否定したことに安心したのか、「座ったほうが良くね?」といってくれた界人の声は、また普段通りの優しい低音に戻っていた。

「そこに座っても俺に寄りかかってていいんだぞ?」
「・・もぅ少しだけでいいから、このまま・・」
「俺は全然いいよ」

ちょうど界人の左の胸板あたりに私の右耳が当たってるせいか、界人の心臓の鼓動をハッキリ感じることができる。
規則正しくて安定したリズムを刻むその音を聞くたび、落ち着きを取り戻していく私は、安心して目を閉じた。