「大丈夫か?」

声が降ってきて、肩が揺れた。

シャワーをしていた航平が戻ってきていて、ベッドの端に手をつき、控え目に私を覗き込んでいる。

「…大丈夫です。すみません」
「体調悪い?」
「いえ、平気です」
「じゃあ早めに寝よう。…俺、隣に寝てていいか?」
「気にしないで寝てください。私がお邪魔してる身で、これは課長のベッドですから」

慌てて答える私に航平は微笑み、少し距離をとって横になり、頬杖をついた。

「一個聞いてもいい?」
「なんですか?」
「…彼氏とあんまりうまくいってない?」

言葉に詰まって視線を泳がせた。
『そんなことないです』なんて言っても、私が陽太じゃなく航平を頼っている時点で嘘なのはわかりきっている。
この前のキスマークの件だってある。
だけど、このひとに『うまくいっていません』なんていうのはそれこそ可笑しい。

「…ごめん、余計なこと聞いた」

航平は頬杖を崩してくるんと反対側を向いた。

「怖いことを思い出したり、気分が悪くなったりしたら、すぐに俺のこと起こしていいから」
「…はい」
「おやすみ」
「おやすみなさい」


目を閉じてほんの数十秒後。

「…まだ起きてる?」
「さすがに秒速では寝れないです」

ハハッと笑って、航平は背を向けたまま小さく息を吐いた。

「…なあ。一回だけでいい」
「なんですか?」
「さっきみたいに、名前呼んで」

心臓が大きく波打った。
このひとは何を考えているのかさっぱりわからない。
さっきは無意識に出たはずなのに、いざ名前を呼べと言われると緊張する。
ゆっくりと息を吐きながら4文字を紡いだ。

「…航平」

不思議な感覚だった。
私の唇は、まだ彼の名前を、その動きを覚えている。
懐かしくて、切なくて、今にも泣き出しそうになる。

「…ありがとう、有梨」

そう言った彼の声もまた、泣きそうなくらい掠れていた。