陽太は黙って小さくため息を吐いた。

「…この前のことがなかったら、応じてくれてた?」
「ううん、それは関係ないよ」
「じゃあ俺が頼りないから?」
「違うよ、私の気持ちの問題で…」
「だから、有梨の気持ちが結婚に向かわないのは俺に原因があるんだろ?」
「そういう意味じゃないって――」
「それとも」

陽太の口調が強くなり、睨むように上目で私を見つめる。

「元彼が帰って来たから?」
「違うよ…」

情けなく声が潤んだ。
完全に気持ちがすれ違っている。
いくら普通を装っても、一度できた溝は簡単には埋まらない。
航平が同じ部署にいる限り、事あるごとに陽太の頭にはその存在がよぎるんだろう。
今の私には、陽太の信頼を取り戻せるほどの気持ちを彼に注げる自信もない。
どうするのが正解だった?
航平が異動してきた時点で陽太に話すべきだった?
それともずっと黙っているべきだった?
プロポーズに応えられたら、陽太の不安を取り払ってあげられたのかもしれない。
だけど、陽太が描いていたであろう未来を私は描けずに、それに応えることもできない。

平静を取り戻すように、陽太が息を吐いて軽く目を伏せた。

「いったん距離を置いてもいい?」
「え?」
「俺、この前感情任せに有梨にしたことが自分でも信じられないし、今だって有梨を繋ぎとめたくて結婚を焦ってる。こんなのよくないって、ちゃんとわかってるんだ」

自嘲して陽太は俯いた。

「少しひとりになって考えたい」

掠れる声に胸が痛む。
考えなきゃならないのは私も同じだ。
渚の言う通り、自分の気持ちをちゃんと見つめ直さないと駄目だ。

「…わかった」

返事をしたら、陽太は悲し気に口元だけ微笑ませた。