新そよ風に乗って ④ 〜焦心〜

通り過ぎていったタクシーに乗った高橋さんが、こちらを見ていたかどうかは分からない。でも、分からない方が良かったんだ。楽しそうに女性と話をしている光景を、目の当たりにしたくなかったから。また信号が青に変わり、横断歩道を一斉に渡りだした人の流れを見て慌ててその後に続く。
駅の改札口を通ってホームで電車を待ちながら、ふと、何で雑貨屋さんになんて寄ったんだろうと思っていた。高橋さんに貰ったお守りを入れておく巾着を買ったのに、その帰りに会ってしまうなんて。お守りが、お守りの意味を成していないですよ。高橋さん。
電車が動き出して、気怠い体をドアにもたれかけると、先ほどから酷くなった雪が加速する電車の窓に音もなく打ち付けていく。その窓に映る自分の姿を見て、ふと唇に目がいった。
触れるか触れないか、一瞬だけ重なった気がした唇。
あれだけモテる人だし、高橋さんにとってキスは挨拶代わり。私、遊ばれてるのかな?
その夜、家に帰って口にしたシシィファイルヘンは、甘いのにとても寂しい味がした。
「矢島さん。500円お願い」
「あっ、はい」
バレンタインデーが近いこともあって、社内でも朝からもっぱらチョコレートを誰にあげるとか、義理チョコはどうするといった話で持ちきりだったが、殆ど先輩達が決めるので、毎年お金だけ徴収されるといった感じだった。昨日の雪は、あれから直ぐやんだのか、朝起きると積もってなかったのでホッとした。
朝礼前に、集金に来た今年の担当者にお金を渡して、少し早かったが朝礼の場所に移動していた。
「ちょっと、昨日、また見ちゃった」
「えっ? 何、何?」
「高橋さんと綺麗な女が、一緒にタクシーに乗って何処かに行くとこ」
「うっそぉ! 彼女? だったら、ショックだ」
聞こえてきた話の内容に、何故か自分の変な噂話の時よりもズキズキと心が痛く感じられた。
他にも気づいてた人、やっぱり居たんだ。