新そよ風に乗って ④ 〜焦心〜

「あの……何のことですか?」
聞き返すと、中原さんは少しだけ屈んで、高橋さんをチラッとみながら小声で囁いた。
「さっき知ったんだけど、おめでたなんだって?」
エッ……。
おめでたって?
「驚いたよ。営業の同期から聞かれて、逆に知らなかったからどう応えていいのか分からなくて困ったよ」
な、何?
私が、おめでた?
中原さんは、そう言うと書類をバッグから出して自分の席に着こうとしていたので、慌てて中原さんの席の横に立った。
「中原さん。そ、それは、どういう意味ですか?」
小声で聞き返すと、中原さんは逆に驚いたような表情で私を見た。
「えっ? 違うの? おめでたじゃないの? 営業の同期が、かなり確信を得てるような言い方だったから、俺、信じちゃったよ」
ああ、何てことなんだろう。
人の噂って、こんなに怖いものだったとは……。
疚しいことは、何もない。だけど、ここまで飛躍した話になってしまうと正直怖い。他にも何か言われているんじゃないかと思うと、想像しただけで恐ろしくなる。
でも……。
相手は、誰?
おめでたとかいう話になっているんだったら、相手も存在するわけで……。
まさか?
「中原さん。そ、その話の私の相手って……あの、誰ってことになって……いるんですか?」 
聞くこと自体が怖くて、語尾が小さな声になってしまった。
「……」
嘘。
中原さんが声に出さずに目で合図をして、そっと胸の前で静かに人差し指でさした。
その指さした方向の先には……。
高橋……さん。
嘘でしょう?
恐れていた結果だった。
中原さんにさっき言われた時点で、薄々、予想は出来ていた。
どうしよう……。
ジェスチャーで、思いっきり否定のポーズを中原さんにして見せた。
すると、中原さんも力強く頷きながら、机の上にあったメモ用紙に 【了解】 と走り書きして私が読んだことを確認すると、即座にメモ用紙を丸めてゴミ箱に捨てた。