新そよ風に乗って ④ 〜焦心〜

「すみません」
「……」
青木さんが高橋さんに謝っていたが、高橋さんは無言で床を見ている。
咄嗟に青木さんを突き飛ばした拍子に、抱えていた書類とファイルを落としてしまい、ファイルを落とした時に物凄い音で反響し、閉じてあった書類はその弾みで外れてそこら中に散乱してしまっていた。 
もう、最悪……。
書類を散乱させてしまったことも、高橋さんに見られてしまったことも。
けれど、青木さんに抱きしめられているところを、高橋さんに見られてしまったことの方がとてもショックだった。
「青木さん?」
高橋さんは、首から下げているIDカードを見て青木さんの名前を呼んだ。
「はい」
青木さんは、名前を呼ばれて驚いた顔をして高橋さんを見上げた。
「階段の途中で話をするのは、危険だと思う。それから……」
そう言い掛けた高橋さんが、こちらを見た。
高橋さん……何?
青木さんも次の言葉を待っているようで、高橋さんをジッと見つめているのが視界に入って分かった。
「お互いに社会人だから、あまりこういったことは言いたくはないんだが、仕事中に公私混同するのは止めてもらいたい。プライベートなことは、勤務時間外にして欲しい」
高橋さん。
青木さんを見据えたその凍りつくような眼差しは、傍で見ていても凍り付きそうなほど冷淡で色を成していないように見える。
「す、すみませんでした。失礼します」
青木さんは、逃げるように階段を上って行ってしまった。
ただ呆然とその場に立ち尽くしたまま、上っていく青木さんの背中を追いながら、いったい青木さんは何がしたいのかよく分からなかった。
「ほら。ボーッとしてないで、早く拾え。会議に遅れる」
エッ……。
「は、はい。すみません」
慌てて書類をかき集めながらファイルと一緒に拾って手に持ったが、下の階にまで落ちてしまっている書類を高橋さんが拾い集めてきてくれて手渡してくれた。
「すみません。ありがとうございます」
書類の順番は、バラバラになってしまっていたが、会議室に着いてから急いで直そうと思い、会議室の階へと高橋さんの後について階段を下りていると、途中の踊り場で高橋さんが不意に振り返った。
「矢島さん。また、噂になりたいのか?」
「高橋さん」
「後で、彼氏にきちんと言った方がいい」
そんな……。
青木さんは、彼氏なんかじゃない。高橋さん。誤解しないで欲しい。
「彼氏なんかじゃ、ありません」
思わず、大きな声を出してしまっていた。
「それなら、気をつけることだ」
高橋さんはそう言うと、前を向いて階段を下り始めた。
「すみません……」