新そよ風に乗って ④ 〜焦心〜

「先に行っててくれるか? 1部書類を忘れたみたいだ。直ぐ、追いかけるから」
「はい。分かりました」
31日だし、高橋さんも忙しいんだろうな。
高橋さんは、下りかけていた階段を駆け上がって事務所に戻っていったので、そのまま書類とファイルを抱えて階段を下りていると、誰かが階段を上って来る音がしてきて、ちょうど踊り場で擦れ違う形になったので、チラッと相手を見た。
あっ……青木さんだ。
何で、こんなところで会っちゃうんだろう。今まで、殆ど擦れ違ったこともなかったのに。「あっ」
青木さんも、私に気づいたようだった。
「こんにちは」
これから会議だし、挨拶だけして擦れ違おうとした。
「オッス! あのさ……」
階段を下りかけていたが、青木さんに話し掛けられてしまい振り返った。
「今度の土曜日、会わない?」
会わない? って……。
「ちょ、ちょっと、あの……」
何で、こんなところでそんな大きな声で言うんだろう?
しかも階段は響くから、誰が聞いているか分からない。また、変な風に誤解されたくない。「すみません。今度の土曜日は、用事があるので」
なるべく周りに聞こえないように、小さな声で返事をした。
本当は、用事なんて何もないのだが、とても今はそんな気分にもなれなかったし、どうも青木さんは苦手だった。
「じゃあ、日曜日は?」
エッ……。
エゴかもしれないけれど、お願いだから少しは仕事中だし気づいて欲しい。
「ごめんなさい。日曜日も、ちょっと……」
「残念だな。あのさ、1時間だけでもいいから、土曜か日曜に時間作れない?」
そんな……。
「本当に、ごめんなさい。ちょっと、今度の週末は無理なので。それじゃ」
一方的に言い切って、階段をまた下り始めた。
「キャッ……」
すると、急に青木さんが階段脇の壁に私の体を押しつけたので、その弾みで持っていた書類とファイルを落としそうになって、慌てて強く抱え込んだ。
「ちょ、ちょっと、青木さん。やめて下さい。離して」
「じゃあ、何時だったら会える? 今、此処で決めておこうよ」
両肩を壁に押しつけられてしまい、身動きが取れないままでいると、凄い剣幕で青木さんが迫ってきた。
「そ、そんなこと、急に言われても……。仕事も忙しいから」
「でも、土、日は空いてるだろう?」
土、日は空いてるといっても、家の片付け等、やることもあるし、いろんな意味で疲れていることあって家に居たいと思うし……。でも、きっとそう説明しても分かってもらえないような気がする。
「僕、この前の飲み会で、矢島さんに一目惚れしたんだ。凄く、凄くタイプだったから」
そう言うと、いきなり青木さんが私を抱きしめた。
嘘。
やめてよ。こんなところで、誰かに見られたらどうしよう。
「は、離して……」
突然のことに、驚きと怖さで上手く声が出ない。
すると、上の階でドアの開く音がして、誰かが階段を駆け下りてくる足音が聞こえた。
誰か、下りてくる。 
青木さんの肩越しに、下りてきた人の姿が見えた。
「高橋さん……」
その姿を見て、咄嗟に渾身の力を込めて青木さんを突き飛ばしていた。
踊り場ではなく、階段の途中に立っていた青木さんは私に突き飛ばされた勢いで、階段を踏み外して危うく落ちそうになったが、間一髪のところで下りてきた高橋さんに腕を掴まれて難を逃れた。