新そよ風に乗って ④ 〜焦心〜

翌朝、重い瞼と重い体を無理矢理起こして会社に向かったが、相変わらずエレベーターの中でも痛いほど視線を感じる。
事務所に着くと、高橋さんはもう来ていたが中原さんの姿はまだ見えない。
ボードを見ると、中原さんは、外出、立ち寄りで、場合によっては不帰になるかもしれないと書いてあった。
まだ、あまり出社している人も居ないし、今がチャンスかもしれない。専務に何を聞かれたのか聞いてみようと思い、席に着く前に高橋さんの席に向かった。
「おはようございます」
「おはよう」
チラッと、こっちを向いてくれたけれど、高橋さんはまた直ぐに書類に視線を戻した。
「あの……」
「ん? 何だ?」
すると、手を休めて書類に目を通していた視線をこちらに向けてくれた。高橋さんは、どんなに忙しくても必ず話はきちんと人の目を見て話すし、聞いてくれる。
「あの……。一昨日、専務に呼ばれたというのは、本当ですか?」
朝から唐突な質問のせいなのか、椅子に座っている高橋さんは上目遣いで真横に立っている私を見た。
「呼ばれたが、それがどうかしたのか?」
『どうかしたのか?』 じゃなくて……。
「そ、その……私とのことで、呼ばれたんじゃないんですか?」
高橋さんは、一瞬、視線を外してパソコンの画面を見たが、直ぐにまた私に視線を向けた
「話の内容までは、言えない」
エッ……。
でも、私のことを聞かれたのだったら……。
「あの、何故ですか? どうしてなんですか?」
高橋さんに、必死に問い掛けていた。
「言う必要がないからだ」
そんな……
「悪いが、もういいか? 急ぎの書類を作らないといけないから」
まるで、バッサリ切り捨てられた感じだった。
もしかして……。
それは、専務との会話から出された応えとしての態度の表れ?
それとも、一連の噂の煩わしさから来る、高橋さん本人の意志?
高橋さんの席から離れて自分の席に向かう間、いろんな考えが頭の中をぐるぐると廻っていた。
結局、中原さんは夕方帰ってきた。
「戻りました」
「お帰り」
「お帰りなさい」
朝、高橋さんに専務との一件を聞いたが、けんもほろろにあしらわれてしまい、それからもうそのことに関しては口にしなかった。
いつものように中原さんに声を掛けると、中原さんからもいつものように 『ただいま』 と返ってくると思っていたが、中原さんが私の後ろを通る際、思いも掛けないことを小声で囁いた。
「聞いたよ。今、何ヶ月?」
エッ……。
な、何?
今、何ヶ月って……。