新そよ風に乗って ④ 〜焦心〜

毎朝、会社に着くと、退社するまでずっと人の視線や声を浴びせられていたが、必死に仕事に集中することで雑音を消そうとしていた。
今日もそんな1日だったが、10日だったので少し帰りが遅くなってしまい、帰りの電車の中でまゆみのメールに気づいて、 — 家に帰ったら、電話して — というメールが入っていたので急いで電話をした。
「ごめんね。今、帰ってきたの。残業で、遅くなっちゃった」
「お疲れ様。10日だもんね。それは、構わないんだけどさ。陽子。聞いた? 高橋さんの件」
いつもおちゃらけてハイブリッジと呼んでいるまゆみが、そうは言わずに高橋さんと言うってことは、何かあったの?
「えっ? 高橋さんの件って、何?」
「昨日、高橋さん。専務に、呼ばれたんだってさ」
「それが、どうかしたの?」
専務に呼ばれることなんて、よくあることだ。仕事の打ち合わせであったり、統括印を高橋さん自ら貰いに行くことだってある。
「だから、陽子とのことで呼ばれたんだって」
「えっ? ちょ、ちょっと待って。な、何、それ……。まゆみ。どういうことなの?」
何? どうして私のことで、高橋さんが専務に呼ばれなければならないの?
もしかして、私が仕事が出来ないからクレームがついたとか?
「だからね。黒沢が親父に告げ口して、あること、ないこと言って煽ったみたいなんだわ。それで専務が真に受けたのかもしれないわね。それで、真意のほどを高橋さんに確かめたらしいのよ」
黒沢さんが、親父に告げ口って? それで、専務が真に受けた?
「まゆみ……。黒沢さんのお父さんって?」
「えっ? 陽子。知らなかったの? 黒沢の親父は、あの黒沢専務よ」
嘘……。
「そうだったの……。知らなかった」
黒沢さんのお父さんが、黒沢専務だなんて知らなかった。
でも……何故、黒沢さんは専務に言ったんだろう? 何のために?
「ま、まゆみ。まゆみは、その情報を誰から聞いたの?」
「あっ。これは、確かな情報だからね。だって、黒沢が紺野達と社食で話しているのを聞いちゃったんだもん」
そんな……。
高橋さんが、専務に私のことで呼ばれたことは事実なんだ。
でも、何で高橋さんは、何も言ってくれないの? 私のことで専務に呼ばれたって、どうして教えてくれないの?
まゆみがその情報を知った後、まゆみの友達が専務が高橋さんを呼んで、昨日、私とのことを確認したというところまでは掴んでいるらしい。
いったい高橋さんは、何と応えたんだろう?
もしかしたら、私も呼ばれるのだろうか?
そんなことを考えていたら、なかなか眠れなくなっていた。