新そよ風に乗って ④ 〜焦心〜

そして、高橋さんが手を挙げると、運転手の人が運転席から降りてきて、後部座席のドアを開けてくれた。
「さあ、乗って」
「高橋さん……」
「大丈夫だ。何も心配しないで、ゆっくり休め」
高橋さんに背中を押されるようにして車に乗ると、高橋さんが持っていた私のコートをそっと膝の上に置いてくれた。
「よろしくお願いします」
「かしこまりました」
運転手の人が高橋さんに一礼してドアを閉めると、高橋さんは直ぐに踵を返して正面玄関に向かって歩き始めていたが、運転席のドアが閉まる音がすると、振り向きざま左手を挙げて建物の中に消えていった。
その流れるような動作の中で、高橋さんと、一瞬、目が合った気がした。
高橋さん……。
朝晩のラッシュ時と違って昼間の道路は空いていて、あっという間に自宅に着いてしまった。
運転手の人に丁重にお礼を言って家に入って着替えると、何故か、先ほどまでムカムカしていた気持ち悪さもだいぶ和らいでいたので、取り敢えず水分を摂ろうと思って刺激の少ない白湯を飲んだ。
テーブルにカップを置いて、ボーッとしながら椅子に座っている自分に気づき、いったい何をしているんだろうと、今更ながら情けなくなってしまった。
家に帰ってきたら体調も良くなるなんて、まるで当社拒否症のよう……。
『話があると言ったままになっていたし、俺に文句があるなら、その時に何でも聞く』
ふと、高橋さんがさっき言っていたことが頭を過ぎる。 
高橋さん。仕事が終わったら、遅くなっても家に来てくれると言っていた。
『仕事が終わったら、遅くなっても家に行く』
高橋さんが言ってくれた言葉を、その場面を思い出しただけでドキドキしている。
遅くなっても、家に行く。家に行く……高橋さんが、家に来る。家に……。
「家に来るぅ?」
思わず、大きな声を出してしまった。
高橋さんが、家に来るんだ。
うわぁ、どうしよう。
こんな暢気に、椅子に座ってなんていられない。高橋さんが家に来るってことは、部屋に上がるってことだもの。
ぐるっと部屋を見渡すと、物が散乱していて慌てて片付け始めたが、冬の陽の短さで、昨日乾いていなかった洗濯物が花盛りに部屋のあちらこちらを占拠していて、まずは洗濯物を片付けることが最優先だった。
こんな酷い部屋の中を見たら、流石の高橋さんだって卒倒しちゃうかもしれない。想像しただけで、冷や汗ものだ。ざっと急いで片付けたので息が切れてしまい、椅子に座りながら部屋を見渡してみて何となく少し片付いた感じがしたから、もうこれで良しとしようと勝手に片付けは終わりにしたが、それと同時にあることが頭に浮かんだ。