新そよ風に乗って ④ 〜焦心〜

さっきのこと、まだ覚えてる。
「ああ。あの……それは、その……何だったか、忘れちゃいました。アハハッ……うわっ。キャッ……」
高橋さんが私を引き寄せ抱きしめると、また先ほどのように足を絡めながら両腕と両足に 力を込めた。
「ほ、本当に、覚えてないぐらい何でもないことですから」
必死に藻掻くが、高橋さんから離れられない。
「白状しないと……こぉだぞ」
「い、痛い! 痛いですって。た、高橋さん。やめてー」
ますます高橋さんが力を込めたので、羽交い締めにされてしまった。そして、高橋さんが 私を抱きしめたまま体勢を変えたと思った途端、高橋さんの顔が真上にあった。
ち、近過ぎる……高橋さん。
高橋さんが、右頬に掛かっている髪を左手で掻き分けてくれている。
「俺は、お前の思っているような男じゃない。仁の言ったとおり、俺は……」
高橋さんの次の言葉を、緊張しながら待った。
「情けない男だ」
エッ……。
「高橋さん……」
高橋さんの左手が、もう一度右頬を撫でた。
「俺は、狡いよな」
高橋さんは、私の体を自分の脇の下に入れると、元の体勢に戻った。
「もう、寝よう」
高橋さんの言葉には、いろいろな意味が込められているような気がした。これ以上、聞いては傷つけるだけのようで、高橋さんの言葉に素直に頷いた。
その夜、高橋さんの腕の中で抱き締められたまま眠っていたが、寝返りを打とうとすると高橋さんにギュッと抱きしめられ、そのたびに半分寝ぼけながらドキドキしていた。でも、その緊張感の中にも安らぎを感じ、また直ぐに眠りに就いてしまう。何故なら、高橋さんがほんの少しでも心の声を聞かせてくれたと感じられたから。そんな些細なことでも、私にとってはとても嬉しい出来事だったから。
翌朝、ベッドマットが揺れて目が覚めると、高橋さんが起き上がって、Tシャツの上からプルオーバーを着ていた。
Patagoniaのベター・プルオーバー。高橋さんは、黒がよく似合うな。スーツもそうだけど、何でも着こなせて羨ましい。
ジッと見つめていたので視線を感じたのか、急に高橋さんがこちらを向いたので目が合った。
「ああ、おはよう。起こしちゃったな」
「お、おはようございます。そんなことないです」
慌てて起きあがろうとすると、ベッドの脇に立っていた高橋さんがそっと私の左肩を持って制止した。