新そよ風に乗って ④ 〜焦心〜

その時、誰かが階段を上ってくる音が聞こえた。明良さんは、もう寝ているだろうし、この時間に上ってくる人といったら……高橋さんしか居ない。
「ほら、噂をすればお出ましらしい。陽子ちゃんは、自信がないの? じゃあ、試してみる?」
エッ……。
試してみるって?
「あの……」
「貴博が、陽子ちゃんのことを大事に思っているとしたら、男だったらやっぱり他の男には触れて欲しくないと思う。きっと、貴博も同じはず。それとなく、俺から引き離すと思うよ。きっと」
引き離すって?
仁さんが早口でそう言うと、煙草の火を消して携帯灰皿をポケットにしまった途端、私を引き寄せ抱き締めた。
「あ、あの、仁さん? 離し……」
「いいから、言うとおりにして」
仁さんが体を尚一層密着させると、それと同時に後ろでベランダのサッシが開く音がした。
どうしよう。こんな所を見られたら、高橋さんに誤解されてしまう。
「何、やってんだよ」
想像していたとおり、やっぱり声の主は高橋さんだった。
サッシに背を向けているので、高橋さんの表情が見えないし様子も分からない。仁さんは、素早く私をベランダの手摺りに押しつけると、前に立って高橋さんから見えないように体を密着させていた。
「ん?」
仁さんが、後ろを振り向いたのが体の動きで分かる。スリッパの音が段々こちらに近づいて来て、いつの間にか横に高橋さんが立っていた。
「こんな寒いところで、何?」
高橋さんが手摺りに左肘を突きながら、仁さんになのか私になのか、どちらにでもない曖昧な聞き方をした。
「星空のDistance?」
仁さんは、まだ体を密着させたまま、高橋さんの問いに戯けて応えてみせているので、恐る恐る高橋さんの方を見ると、別段、怒っているような表情はしておらず、いつもと変わらないポーカーフェイスだったので少しホッとした。