新そよ風に乗って ④ 〜焦心〜

「あの……」
「あっ。貴博戻ってくるから。くれぐれも、貴博には内緒だよ」
高橋さんの足音が聞こえて、明良さんが口の前に人差し指を立てたので、もう何も言えなくなってしまった。
明良さんの別荘に土曜日に仁さんと一緒に行って、高橋さんにサプライズ……。上手く行くのかな? 高橋さんが私を見たところで、驚くとは到底思えないんだけれど。
「さあ、食べよう。美味しそうだ」
明良さんから聞いた計画を気にしている余裕もないくらいに、明良さんの口からポンポン出てくる面白い話に可笑しくて大笑いしながら楽しい食事もいつものデザートが運ばれてきて終わりに近づいていた。
そう言えば、明良さんがお店に入る前に言っていた、 『今夜は楽しくなりそうだ』 の意味もまだ分からないままだった。でも、いつもと変わらないし、深く考えるのはよそうと思ってお茶を一口飲んだ時だった。
「で? 何で貴博は、帰ってきて直ぐに家でビール飲んじゃったわけ? 陽子ちゃんが来てるんだったら、 飲んじゃったら送っていけないジャン? どうやって、送って行こうって思っていたのかなあ? それとも、計画的にお泊まりさせちゃうつもりだったとか?」
エッ……。
思わずお茶を吹き出しそうになって、慌てて飲み込んだ。
明良さんが、意味ありげな言い方で高橋さんに突っ込んでいる。さっき明良さんが言ってた、私のナイスな発言っていうのはきっとこのことだ。
「なーに、言ってんだよ。さあ、明日も仕事だからもう帰るぞ」
あっ。
明良さん。もしかして……今夜は楽しくなりそうだっていうのは、このこと? だから、車の中で高橋さんは、右手で顔を覆って……。大変だ。私、とんでもないことを言ってしまったのかもしれない。
「いやいや、貴博くーん。今夜、たーっぷり帰ったらお話しましょうねえ」
明良さんが、またしても意味深な言い方をして先に部屋から出て行ってしまった。
どうしよう……。
立ち上がった高橋さんが、私にコートを着せてくれた。
「ありがとうございます。あの、私……」
「ん? お前も俺も、別に悪いことをしてるわけじゃないだろう? それに、明良が来た時点で絶対こうなることは分かってた」
高橋さん……。
私が言いたいことを察して、高橋さんが柔らかく微笑みながら言ってくれた。
「たーだ俺は、明良に今晩なかなか離してもらえないだろうけどな」
「ヴッ」
「フッ……」
高橋さんが笑いながら左手で私の鼻を摘むと、ほんの一瞬、高橋さんが左腕だけで私を抱きしめて左頬を私の頭の上にのせた。
「おやすみ。また、明日」
頭の上から聞こえてくる高橋さんの声は、穏やかで優しさに満ち溢れていて、まるで私を包み込むような声色をしていた。
そして高橋さんは、何事もなかったように障子を開けて、間口の狭い入り口を屈みながら先に廊下へと出て行った。
私……もう、本当に駄目かもしれない。力が抜けて、へなへなと座り込んでしまうそうになって必死に堪えながら高橋さんの後を追った。