新そよ風に乗って ④ 〜焦心〜

「あの、ちょっ……」
エッ……。
軽く、唇が触れるだけのキスだった。私は、てっきり……。
うわっ。
目を開けると、目の前に度アップの高橋さんの顔があった。
ち、近い。近過ぎですって、高橋さん。
「フッ……。物足りなって、顔だな」
うっ。
も、もしかして、顔に出ていたの?
「そ、そんなことないですから。高橋さん。からかわないで下さい」
そう言いながら、ほんの少し高橋さんの身体の重心が私から逸れたのを感じて、真正面に大接近してる高橋さんの顔を避けるように右側から起きあがろうとした。
「キャッ……」
すると、それを高橋さんが阻むようにソファーの右側に腰掛け、そのまま私の背中に右手をまわすと、左手でそっと私の右肩を押しながら今度は静かにソファーの背もたれに倒した。
「お前のことが……」
そっと高橋さんの左手が、私の右頬を包み込んだ際、空気が動いてほんのり高橋さんの香りが漂っているのが分かる。
「本当に、心配だった」
「高橋さん……」
左肩近くに置かれていた私の左手を、高橋さんが右手を絡ませるように握った。
「お前に、万が一のことがあったら、俺は……」
高橋さんの表情が、一瞬、曇って苦痛に満ちたように見えた。
「多分……一生、立ち直れなかったと思う」
そんな……。
思ってもみなかった。高橋さんが、そこまで心配してくれていたなんて。そんなことまで、考えていたなんて……。
ああ、駄目。胸が苦しくなって、喉の奥が痛い。そう思っているうちに、我慢する間もなく涙が溢れ出していた。
頬を伝う涙を、絶妙なタイミングで高橋さんの左手の中指が拭ってくれる。
「何で泣く?」
高橋さんに、優しく頬に触れながら問われた。
言葉にならない思いを、口に出せなくて首を横に振り続けた。
「もし、自分の部下がそんな目に遭ったりしたら、上司なら誰しもそう思うだろう?」
理由なんてない。ただ、高橋さんのその優しさに触れたから。それが、痛いほど分かってしまったから。
私なんかよりも、もっともっといろんなことにぶつかって、名倉部長や社長までも説得してくれて、そんなことはおくびにも出さずに私の知らない水面下で手を打ってくれていた。
それなのに、私は自分だけが辛いとしか思っていなくて、ちっとも周りのこと等、考えもせずに見えていなかった。あまりにも社会人として未熟過ぎる自分に、自己嫌悪しかない。
高橋さんがソファーの背もたれから私の背中を離すと、自分の胸に私の頭を押しつけるようにして抱きしめた。